物価目標達成時期を事実上後ずれさせるなど予想以上にハト派色の強い内容
日本銀行は5月1日の金融政策決定会合で、大方が予想した通りに政策金利の据え置きを決めた。前回会合以降、トランプ関税の影響で金融市場は混乱し、先行きの経済の見通しは悪化したが、「経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」と、追加利上げの方針を維持した。しかし、展望レポートの記述では、物価目標達成時期の見通しを事実上後ずれさせるなど、全体的には予想以上にハト派色が強い内容となった。
注目された「消費者物価の基調的な上昇率」の見通しの記述については、「見通し期間後半には『物価安定の目標』と概ね整合的な水準で推移する」と、これまでと同様となった。今回の展望レポートでは、経済・物価の予測期間が2027年度まで1年延長されたが、そのうえで「見通し期間後半」との表現を維持したことは、物価安定目標達成の時期を事実上後ずれさせたものであり、決して小さくない見通しの修正と言える。
展望レポートでは、2025年度の成長率見通しを前回1月から0.6%ポイント下方修正して+0.5%(政策委員見通しの中央値、以下同様)、2026年度については0.3%ポイント下方修正して+0.7%とした。消費者物価上昇率(除く生鮮食品)については、2025年度の見通しを0.2%ポイント下方修正して+2.2%、2026年度については0.3%ポイント下方修正して+1.7%とした。
下方修正の幅は、筆者の事前予想を上回るものだ。他方、今回新たに示した2027年度については、成長率見通しは+1.0%、消費者物価上昇率(除く生鮮食品)の見通しは+1.9%と予想通りである。
注目された「消費者物価の基調的な上昇率」の見通しの記述については、「見通し期間後半には『物価安定の目標』と概ね整合的な水準で推移する」と、これまでと同様となった。今回の展望レポートでは、経済・物価の予測期間が2027年度まで1年延長されたが、そのうえで「見通し期間後半」との表現を維持したことは、物価安定目標達成の時期を事実上後ずれさせたものであり、決して小さくない見通しの修正と言える。
展望レポートでは、2025年度の成長率見通しを前回1月から0.6%ポイント下方修正して+0.5%(政策委員見通しの中央値、以下同様)、2026年度については0.3%ポイント下方修正して+0.7%とした。消費者物価上昇率(除く生鮮食品)については、2025年度の見通しを0.2%ポイント下方修正して+2.2%、2026年度については0.3%ポイント下方修正して+1.7%とした。
下方修正の幅は、筆者の事前予想を上回るものだ。他方、今回新たに示した2027年度については、成長率見通しは+1.0%、消費者物価上昇率(除く生鮮食品)の見通しは+1.9%と予想通りである。
基調的な物価上昇率を決める「物価と賃金の好循環」の見通しを修正
消費者物価上昇率見通しの下方修正は、トランプ関税の影響を受けて、原油価格の先行きの想定が下振れ、また、先行きのドル円レートの想定が、円高方向に修正された影響が大きい。つまり、輸入物価の見通しの下方修正によるところが大きいと言える。
しかしそれだけであれば、日本銀行が考える「消費者物価の基調的な上昇率」の見通しには変化はないはずである。輸入物価の影響を強く受ける一時的な物価変動が、日本銀行が以前指摘した「第1の力」であるのに対して、基調的な物価上昇率の「第2の力」は、賃金と物価の相乗効果が大きく影響するはずだ。
実際に、基調的な物価上昇率の見通しを今回下方修正したことは、輸入物価の見通しの下方修正の影響にとどまらず、「物価と賃金の好循環」に基づく基調的な物価上昇率の見通しも修正を迫られたことを意味するだろう。
しかしそれだけであれば、日本銀行が考える「消費者物価の基調的な上昇率」の見通しには変化はないはずである。輸入物価の影響を強く受ける一時的な物価変動が、日本銀行が以前指摘した「第1の力」であるのに対して、基調的な物価上昇率の「第2の力」は、賃金と物価の相乗効果が大きく影響するはずだ。
実際に、基調的な物価上昇率の見通しを今回下方修正したことは、輸入物価の見通しの下方修正の影響にとどまらず、「物価と賃金の好循環」に基づく基調的な物価上昇率の見通しも修正を迫られたことを意味するだろう。
賃上げ率は下振れへ
トランプ関税の影響を受けた先行きの不確実性の高まり、原油価格下落、円高による輸入物価上昇率の低下の見通しが、企業の賃上げ姿勢にマイナスの影響を与える可能性などを、日本銀行は今回考慮せざるを得なくなったのだろう。
大企業の賃上げ率は既に春闘で相当分が決まっているが、随時決定されていく中小・零細企業の賃上げ率は、既に下振れ始めている可能性があるだろう。また、来年の春闘での賃上げ率は、今年の水準を1%以上下回る可能性が出てきたのではないか。過去数年の物価上昇率と賃金上昇率が予想以上に上振れる局面は、トランプ関税の影響で終焉を迎えるだろう。
大企業の賃上げ率は既に春闘で相当分が決まっているが、随時決定されていく中小・零細企業の賃上げ率は、既に下振れ始めている可能性があるだろう。また、来年の春闘での賃上げ率は、今年の水準を1%以上下回る可能性が出てきたのではないか。過去数年の物価上昇率と賃金上昇率が予想以上に上振れる局面は、トランプ関税の影響で終焉を迎えるだろう。
追加利上げ時期の見通しには後ずれリスクが高まる
展望レポートでの金融政策運営に関する記述では、冒頭で述べたように、「引き続き政策金利を引き上げ」との基本的な方針は維持されたが、日本銀行の経済・物価見通し実現の不確実性が高まっていることから、「予断を持たずに判断していくことが重要」と、現時点では利上げに慎重なメッセージを盛り込んだ。
利上げ方針が変わらないという説明だけでは、現状を「国難」と表現する政府側や国民からの強い反発を受ける可能性があることに日本銀行が配慮した面があるのだろう。
実際に、現時点では、利上げ時期が見通せなくなっていることは確かだ。追加利上げ時期についての筆者の見通しについては、トランプ関税の影響が大きく懸念されるようになる前の今年1月時点からのメインシナリオである「今年9月」を現状では維持したい。9月までにはなお相応の時間があり、その間、トランプ政権による関税率の引き下げとそれを受けた金融市場の安定回復が生じることが、その前提である。また、その時点までに内外経済が深刻な悪化状況に陥っていないことや、7月の参院選後に日本銀行の利上げに否定的な野党の一部が連立政権入りしていないことも条件である。
それでも、9月利上げ見通しのリスクは一段と後ずれ方向に傾いたと考える。今後の内外経済や金融市場の状況次第では、年内だけでなく来年の利上げも難しくなる事態や、年内にも日本銀行が金融緩和の実施に追い込まれるリスクもあるだろう。今後の金融政策の見通しには非常に大きな幅がある。
利上げ方針が変わらないという説明だけでは、現状を「国難」と表現する政府側や国民からの強い反発を受ける可能性があることに日本銀行が配慮した面があるのだろう。
実際に、現時点では、利上げ時期が見通せなくなっていることは確かだ。追加利上げ時期についての筆者の見通しについては、トランプ関税の影響が大きく懸念されるようになる前の今年1月時点からのメインシナリオである「今年9月」を現状では維持したい。9月までにはなお相応の時間があり、その間、トランプ政権による関税率の引き下げとそれを受けた金融市場の安定回復が生じることが、その前提である。また、その時点までに内外経済が深刻な悪化状況に陥っていないことや、7月の参院選後に日本銀行の利上げに否定的な野党の一部が連立政権入りしていないことも条件である。
それでも、9月利上げ見通しのリスクは一段と後ずれ方向に傾いたと考える。今後の内外経済や金融市場の状況次第では、年内だけでなく来年の利上げも難しくなる事態や、年内にも日本銀行が金融緩和の実施に追い込まれるリスクもあるだろう。今後の金融政策の見通しには非常に大きな幅がある。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。