筆者の利上げ時期の見通しを今年12月に修正
日本銀行は5月1日の金融政策決定会合で、大方が予想した通りに政策金利の据え置きを決めた。展望レポートの記述では、追加利上げの方針は維持する一方、物価目標達成時期の見通しを後ずれさせるなど、全体的には予想以上にハト派色が強い内容となった。
その後の総裁記者会見で得られた追加情報から、日本銀行の利上げ時期が後ずれするリスクはより高まった、と感じ取れた。この点を受けて、今後の日本銀行の金融政策についての筆者の見通しについて、政策金利が0.5%から0.75%へと引き上げられる時期を今年9月から今年12月へと修正したい。また政策金利の到着点、ターミナルレートの水準の見通しについては、1.0%と従来から変えないが、政策金利を0.75%から1.0%に引き上げる時期については、従来見通しの2026年6月から、2026年9月へと修正したい。
その後の総裁記者会見で得られた追加情報から、日本銀行の利上げ時期が後ずれするリスクはより高まった、と感じ取れた。この点を受けて、今後の日本銀行の金融政策についての筆者の見通しについて、政策金利が0.5%から0.75%へと引き上げられる時期を今年9月から今年12月へと修正したい。また政策金利の到着点、ターミナルレートの水準の見通しについては、1.0%と従来から変えないが、政策金利を0.75%から1.0%に引き上げる時期については、従来見通しの2026年6月から、2026年9月へと修正したい。
基調的な物価上昇率が「伸び悩む」、「足踏みする」もとで、利上げは一時停止へ
植田総裁の会見から強く感じられるのは、日本銀行は事実上の「利上げ一時停止期間」に入ったということだ。会見は、それを宣言したのに等しかったのではないか。
展望レポートで示されたのは、「基調的な物価上昇率が物価目標に達する時期が後ずれする」という点のみであったが、基調的な物価上昇率が「伸び悩む」、「足踏みする」という植田総裁の表現からは、より強い不確実性が感じられた。
また総裁は、「基調的な物価上昇率が伸び悩む局面では無理に利上げしない」とも明言したのである。基調的な物価上昇率の上昇ペースがより緩やかになるだけであれば、それは利上げのペースが緩やかになることを意味するのだろうが、基調的な物価上昇率が「伸び悩む」、「足踏みする」のであれば、その間、利上げは停止されるのが自然だろう。しかも基調的な物価上昇率が「伸び悩む」、「足踏みする」局面をいつ脱するのかは、現時点では分からないのである。
そもそも基調的な物価上昇率の計測方法について、日本銀行は明らかな説明をしてこなかった。そのため、今後、基調的な物価上昇率が伸び悩む局面を脱して再び2%に向けて着実に上昇を始めたことを、明確な根拠を持って示すこともまた難しいのではないか。
さらに総裁は、基調的な物価上昇率が「緩やかに下振れる」可能性にまで言及している。その場合、政策金利が0.5%の現状で、利上げ局面が終わってしまう可能性も出てくる。
展望レポートで示されたのは、「基調的な物価上昇率が物価目標に達する時期が後ずれする」という点のみであったが、基調的な物価上昇率が「伸び悩む」、「足踏みする」という植田総裁の表現からは、より強い不確実性が感じられた。
また総裁は、「基調的な物価上昇率が伸び悩む局面では無理に利上げしない」とも明言したのである。基調的な物価上昇率の上昇ペースがより緩やかになるだけであれば、それは利上げのペースが緩やかになることを意味するのだろうが、基調的な物価上昇率が「伸び悩む」、「足踏みする」のであれば、その間、利上げは停止されるのが自然だろう。しかも基調的な物価上昇率が「伸び悩む」、「足踏みする」局面をいつ脱するのかは、現時点では分からないのである。
そもそも基調的な物価上昇率の計測方法について、日本銀行は明らかな説明をしてこなかった。そのため、今後、基調的な物価上昇率が伸び悩む局面を脱して再び2%に向けて着実に上昇を始めたことを、明確な根拠を持って示すこともまた難しいのではないか。
さらに総裁は、基調的な物価上昇率が「緩やかに下振れる」可能性にまで言及している。その場合、政策金利が0.5%の現状で、利上げ局面が終わってしまう可能性も出てくる。
金融政策正常化の前提を見直す必要も
さらに、トランプ関税による混乱を機に、2024年3月に始めた金融政策正常化を支えてきた様々な前提を見直す必要が出てきたのではないか。「基調的な物価上昇率は2%に向けて着実に上昇を続けている」との前提は既に崩れ、「賃金と物価の好循環」が続くとの認識についても、再びその根拠が問われるようになっている。今後賃金上昇率は顕著に下振れる可能性が出てきたうえ、日本銀行が従来指摘してきた、賃金上昇のサービス価格への転嫁も顕著に見られていない。また、基調的な物価上昇率の先行きに不確実性が高まる中、「実質金利は極めて低い」という従来の前提についても、もはや自明とは言えなくなった
植田総裁が記者会見で示した日本銀行の認識は、展望レポートの記述から推測できるものよりもかなり慎重だった。ただし、現在の日本銀行の認識が先行きの金融政策を大きく決める訳ではなく、実際の金融政策は今後のトランプ関税政策の行方、それを受けた内外経済の動向、金融市場の動向によって左右されるものであり、当然のことながら、日本銀行もそれらを正確に見通すことはできない。利上げ一時停止宣言後の世界は、日本銀行も見えていないのである。
植田総裁が記者会見で示した日本銀行の認識は、展望レポートの記述から推測できるものよりもかなり慎重だった。ただし、現在の日本銀行の認識が先行きの金融政策を大きく決める訳ではなく、実際の金融政策は今後のトランプ関税政策の行方、それを受けた内外経済の動向、金融市場の動向によって左右されるものであり、当然のことながら、日本銀行もそれらを正確に見通すことはできない。利上げ一時停止宣言後の世界は、日本銀行も見えていないのである。
先行きの政策見通しには大きな幅
トランプ政権が国民からの批判を受けて関税率を比較的早期に下げる可能性もあり、その際には、金融市場の楽観は強まり、関税の経済への影響も比較的軽微で終わる可能性もある。その場合、従来の筆者の予測通りに、最短では今年9月に利上げが再開される可能性もあるだろう。
他方で、今後の内外経済や金融市場の状況次第では、年内だけでなく来年の利上げも難しくなる事態や、年内にも日本銀行が金融緩和の実施に追い込まれるリスクもあるだろう。その場合、政策金利を0.25%引き下げるとともに、国債の買い入れ策を再び金融政策手段と位置づけ、つまり非伝統的金融を復活させて、国債買い入れ額及び残高を増加させる可能性も出てくる。
このように、今後の金融政策の見通しには非常に大きな幅がある。まさに不確実性の塊のような状況である。
金融政策正常化をこれ以上進めることができなくなる可能性もあり得ることを踏まえると、日本銀行は昨年3月よりももっと早い時点で、金融政策の正常化に着手すべきだった。特に、2022年以降、世界的に物価上昇率が大きく上振れ、主要な中央銀行が急速に政策金利を引き上げた時点で、日本銀行も金融政策の正常化に着手すべきだったのではないか。
他方で、今後の内外経済や金融市場の状況次第では、年内だけでなく来年の利上げも難しくなる事態や、年内にも日本銀行が金融緩和の実施に追い込まれるリスクもあるだろう。その場合、政策金利を0.25%引き下げるとともに、国債の買い入れ策を再び金融政策手段と位置づけ、つまり非伝統的金融を復活させて、国債買い入れ額及び残高を増加させる可能性も出てくる。
このように、今後の金融政策の見通しには非常に大きな幅がある。まさに不確実性の塊のような状況である。
金融政策正常化をこれ以上進めることができなくなる可能性もあり得ることを踏まえると、日本銀行は昨年3月よりももっと早い時点で、金融政策の正常化に着手すべきだった。特に、2022年以降、世界的に物価上昇率が大きく上振れ、主要な中央銀行が急速に政策金利を引き上げた時点で、日本銀行も金融政策の正常化に着手すべきだったのではないか。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。