食い違う米国側と中国側の見解
トランプ米大統領は、関税措置を巡って対立している中国と、「けさ、協議をした」、「(今までも)協議を行ってきた」と4月24日に述べた。ところが中国外務省報道官は、「米国とは関税について交渉を行っていない」と完全に否定し、「米国は協議に関し国民をミスリードすべきでない」とした。
トランプ大統領は、中国側が譲歩することで両国間の極めて高い関税率の引き下げが近い将来実現するかのような発言をしているが、中国側は一切譲歩する考えがないことを示しており、現時点では両国間の関税率の大幅引き下げは見通せない。
第1次トランプ政権の時と比べて、第2次トランプ政権の関税策に対する中国政府の対抗姿勢は際立っている。その背景には、中国の輸出に占める米国のシェアが2024年には約15%と、2018年の19%から低下したことを挙げる議論がある。しかし、背景はそればかりではないだろう。
トランプ大統領は、中国側が譲歩することで両国間の極めて高い関税率の引き下げが近い将来実現するかのような発言をしているが、中国側は一切譲歩する考えがないことを示しており、現時点では両国間の関税率の大幅引き下げは見通せない。
第1次トランプ政権の時と比べて、第2次トランプ政権の関税策に対する中国政府の対抗姿勢は際立っている。その背景には、中国の輸出に占める米国のシェアが2024年には約15%と、2018年の19%から低下したことを挙げる議論がある。しかし、背景はそればかりではないだろう。
中国は積極財政政策で関税の悪影響に対応できる
第1に、中国政府は、積極財政政策を通じて、関税策が経済に与える悪影響を吸収できる自信があるのではないか。長らく中国は、積極財政政策で個人消費を喚起すべきという米国など海外からの要請を拒んできた。生産主導、輸出主導の経済構造を消費主導に転換させ、貿易黒字を縮小させる米国のたくらみが背景にある、と考えていたためでもあろう。実際には中国政府は、半導体の内製化推進など、製造業の強化を進めてきた。
ところが長引く不動産不況を受けて、財政赤字の拡大を受け入れつつ積極財政政策で経済を支える方針に、中国政府は転換せざるを得なくなった。その経済対策の中には消費者支援策も含まれた。このように、中国の財政政策姿勢が大きく転換されたことから、個人や企業が受ける関税の影響を財政で吸収することが可能となった。例えば、政府の補助金によって、関税による米国からの輸入品の価格の上昇を抑えることも可能になるのではないか。
米国で同様の価格統制を行う場合には、新たな法律の制定が必要になる可能性があるが、中国ではその必要はないだろう。米国と比べてより機動的な関税対策が中国は実施できるだろう。
ところが長引く不動産不況を受けて、財政赤字の拡大を受け入れつつ積極財政政策で経済を支える方針に、中国政府は転換せざるを得なくなった。その経済対策の中には消費者支援策も含まれた。このように、中国の財政政策姿勢が大きく転換されたことから、個人や企業が受ける関税の影響を財政で吸収することが可能となった。例えば、政府の補助金によって、関税による米国からの輸入品の価格の上昇を抑えることも可能になるのではないか。
米国で同様の価格統制を行う場合には、新たな法律の制定が必要になる可能性があるが、中国ではその必要はないだろう。米国と比べてより機動的な関税対策が中国は実施できるだろう。
中国は米国との対立で国民の愛国心を煽る戦略か
第2に、「トランプ政権による高い関税は不当なものであり、それに対して中国が米国からの輸入品に課す報復関税は正当な行動である」という中国政府の説明は、中国の国民には比較的受け入れられやすい面があるだろう。
また、中国政府は、この関税問題でトランプ政権を強く批判し、国民の愛国心を煽る戦略をとっているともされる。中国外務省の報道官はX(旧ツイッター)に、1953年に毛沢東が朝鮮戦争で米主導の連合軍と最後まで戦うと約束した映像を投稿した。「われわれは中国人だ」「引き下がらない」と書き込んだ。現在の米国との貿易戦争を、朝鮮戦争と重ね、国民の愛国心を掻き立てる戦略なのだろう。
中国共産党の機関紙・人民日報は、米国との長期にわたる闘いに備えるよう国民に呼びかけている。「米国の包括関税はわれわれに打撃を与えるが、『天が落ちてくることはない』」と、人民日報の1面の論評は述べている。
他方で米国は、関税を最初に仕掛けた側である。その結果、物価高などで国民の生活が圧迫されれば、国民は中国への批判ではなくトランプ政権への批判を強めることになる。
また、中国政府は、この関税問題でトランプ政権を強く批判し、国民の愛国心を煽る戦略をとっているともされる。中国外務省の報道官はX(旧ツイッター)に、1953年に毛沢東が朝鮮戦争で米主導の連合軍と最後まで戦うと約束した映像を投稿した。「われわれは中国人だ」「引き下がらない」と書き込んだ。現在の米国との貿易戦争を、朝鮮戦争と重ね、国民の愛国心を掻き立てる戦略なのだろう。
中国共産党の機関紙・人民日報は、米国との長期にわたる闘いに備えるよう国民に呼びかけている。「米国の包括関税はわれわれに打撃を与えるが、『天が落ちてくることはない』」と、人民日報の1面の論評は述べている。
他方で米国は、関税を最初に仕掛けた側である。その結果、物価高などで国民の生活が圧迫されれば、国民は中国への批判ではなくトランプ政権への批判を強めることになる。
トランプ政権は中間選挙を意識せざるを得ない
第3に、中国には国民による選挙がないため、国民の不満が政権の持続性を直接脅かすことはない。もちろん、ゼロコロナ政策に対する白紙運動、白紙革命が政府のゼロコロナ政策を撤回に追い込んだように、政府も世論の動向には細心の注意を払っているだろう。ただし、中国政府は、高性能な検閲・監視システムの増強など、党の長期支配を支える手段の拡大に多額の資金を費やしているとされる。
また、関税を巡る米国との対立で、政府が国民の愛国心を強く煽ると、今度は中国政府が米国に譲歩の姿勢を見せる際に、国民から政府への批判が高まりやすくなり、米国との交渉の障害になる可能性もあるだろう。
他方、米国では国政選挙があることから、トランプ政権の政策運営も世論の影響を大きく受ける。トランプ関税について国民の批判が強まれば、2026年11月の中間選挙で共和党が大敗する可能性が出てくることから、トランプ政権はいずれ関税策を見直す必要が出てくるだろう。
また、関税を巡る米国との対立で、政府が国民の愛国心を強く煽ると、今度は中国政府が米国に譲歩の姿勢を見せる際に、国民から政府への批判が高まりやすくなり、米国との交渉の障害になる可能性もあるだろう。
他方、米国では国政選挙があることから、トランプ政権の政策運営も世論の影響を大きく受ける。トランプ関税について国民の批判が強まれば、2026年11月の中間選挙で共和党が大敗する可能性が出てくることから、トランプ政権はいずれ関税策を見直す必要が出てくるだろう。
チキンレースの勝算は中国側にあるか
こうした点を踏まえると、高い関税率で米中がチキンレースを続ける場合、勝算は中国側にあるのではないか。既にその兆候が見られているように、いずれトランプ政権が事実上譲歩する形で、米中間の高い関税率は見直されていくだろう。ただし、トランプ政権が安易に中国に譲歩すれば、議会は反発を強めかねない。議会は民主党、共和党問わず対中強硬姿勢が強いためだ。このため、トランプ政権は表面的には、米国側が貿易戦争に勝利した形を演出して、関税率の引き下げを実施することが求められる。そうした演出には相応に時間を要するだろう。この点から、トランプ政権が対中、あるいはその他の国に対する関税率を本格的に引き下げるまでにはまだ3~4か月程度かかるのではないか。ただし、金融市場の混乱が強まれば、その時期は前倒しされやすくなるだろう。
(参考資料)
“Xi Is Ratcheting Up China’s Pain Threshold for a Long Fight With Trump(トランプ氏との長期戦に備える習氏、「痛みへの耐性」引き上げ)”, Wall Street Journal, April 25, 2025
“Beijing Stokes Patriotic Fervor and Blames U.S. for Trade War(愛国心あおる中国、米に貿易戦争の責任転嫁へ)”, Wall Street Journal, April 21, 2025
(参考資料)
“Xi Is Ratcheting Up China’s Pain Threshold for a Long Fight With Trump(トランプ氏との長期戦に備える習氏、「痛みへの耐性」引き上げ)”, Wall Street Journal, April 25, 2025
“Beijing Stokes Patriotic Fervor and Blames U.S. for Trade War(愛国心あおる中国、米に貿易戦争の責任転嫁へ)”, Wall Street Journal, April 21, 2025
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。