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米国時間5月1日(日本時間5月2日)に、第2回目となる日米関税協議が行われ、その後に赤澤大臣が記者会見を行った。
 
協議の具体的な内容は明らかにされなかったが、記者会見での赤澤大臣の発言からは、関税を巡る協議が合意に近づいているという感触は得られなかった。関税協議は5月中旬以降、閣僚間で集中的に協議を実施すると説明され、なお議論が重ねられる。その後、最終的に日米首脳間で最終合意を目指す方向であるが、具体的なスケジュールはまだ固まっていない模様だ。
 
トランプ政権は、7月までの90日間の相互関税上乗せの一時停止期間中に多くの国との間で関税合意を得ることを目指している、との認識が赤澤大臣から示されたが、日本側はその米国側のスケジュールに合わせることは、必ずしも考えていないだろう。
 
赤澤大臣の発言は比較的強気で、「国益を害するような交渉をすることはない」との考えを改めて強調した。これは7月の参院選を意識して、農産物、特にコメの輸入拡大などで米国側に譲歩しないとの考えを示したものだ。また、前回の協議と同様に、自動車、鉄鋼など分野別関税、相互関税共に、大きく見直すことをトランプ政権側に申し入れたことを明らかにしている。
 
協議の直前にトランプ大統領は、「米国は合意を急いでいない」「彼ら(日本)は我々(米国)を必要としているが、我々は彼らを必要としていない」と発言し、交渉が米国側に有利であることを強調したが、実際には日本側よりも米国側の方が合意を急いでいる可能性があり、交渉はやや日本側に有利であるとも考えられる。
 
トランプ政権は2段階での合意、暫定合意を模索しているとされる。とりあえず日本との間で小粒な合意を成立させ、他国との合意成立に弾みをつける狙いや、関税率の小幅引き下げによって金融市場で楽観的な期待を醸成させる狙いがあるのだろう。他方で赤澤大臣は「交渉はパッケージで成立。すべて合意して初めて合意」と説明しており、2段階での合意、暫定合意を否定しているようにも聞こえる。
 
日本側は今回の協議で、米国産大豆、トウモロコシの輸入拡大と輸入自動車特別取扱制度の適用条件緩和などをトランプ政権側に提示したとみられるが、それらは関税率の大幅引き下げを引き出すには明らかに力不足である。従って、最終合意までにはなお相応に時間を要することが予想される。
 
赤澤大臣は、今回の協議では為替や安全保障は議論されなかったと説明した。関税協議とそれらのテーマは分けて議論されるのが良いとの考えを示している。閣僚間協議の段階では、それらは分けて議論されるだろうが、最終合意に向けて日米首脳間での議論にステージが上がれば、それらは結び付けられて議論されるのではないか。トランプ大統領の頭の中では、それらの問題は一体だろう。
 
トランプ政権は関税協議を通じて、他国と協力して中国の封じ込めを狙っていると米メディアは報じている。その真偽は明らかでないが、この点に関連して赤澤大臣は、今回の協議で中国は議論されなかったとした。また日本と中国との経済関係は密接であることを強調し、日本が中国に対して貿易規制を講じることが合意に含まれる可能性を暗に否定したようにも聞こえた。
 
米国が自由貿易から大きく距離を置く中、日本は自由貿易をさらに推進させる重要な役割を担っている。日米関税協議の合意の中に、他国への貿易規制など、自由貿易推進の精神に反する内容が含まれるのは明らかに適切でない。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。