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米国時間5月1日(日本時間5月2日)に日米関税協議の2回目が開かれた。その後の記者会見で赤澤大臣は、協議の具体的な内容については語らなかったが、赤澤大臣から報告を受けた石破首相は、「(日米で)一致点を見いだせる状況には今のところなっていない」とし、合意までにはなお距離があることを示唆した。
 
その後、日本経済新聞が報じた協議の内容は、両国が関税協議の対象についての認識に大きなギャップがあることを裏付けており、両者がかみ合った本格的な協議はまだ始まっていないとも言えるだろう。
 
日本側は自動車、鉄鋼・アルミニウムの25%の分野別関税と、24%(90日間の停止期間中は10%)の相互関税の双方の関税率引き下げを米国側に求めている。これに対して米国側は、今回の関税協議の対象となるのは、相互関税の上乗せ部分に限定される、との認識だ。
 
トランプ政権が、4月に相互関税の上乗せ分についてその適用の一時停止を決めたのは、金融市場の混乱を受けた対応であったが、さらに、その90日間のうちに上乗せ分の関税について主要な国との協議を行い、合意を得る狙いがあった。この点を踏まえると、米国側が日本との関税協議で対象にしているのは、当初から相互関税の上乗せ部分に限られるということになる。
 
ただし日本としては、企業経営や雇用などに影響が大きい自動車分野の25%の関税の撤廃あるいは大幅引き下げを優先しているはずだ。今までの日米貿易交渉でも、自動車関税の回避を日本政府は最優先してきた。2019年の日米貿易協定でも、農産物の関税率引き下げと引き換えに、自動車関税を回避することに腐心した。
 
最終合意には距離があるが、米国側は限定的な合意、つまり暫定合意を模索している可能性がある。その場合、日本が米国産大豆、トウモロコシの輸入拡大や輸入自動車特別取扱制度の適用条件緩和を受け入れることと交換で、米国側が相互関税の上乗せ分の小幅引き下げを認める、などといった展開になるだろう。
 
日本政府もこの暫定合意を受け入れるのであれば、自動車関税の撤回要求などは一度引き下げる必要がある。米国側は、すべての国を対象にする自動車関税については、日本だけを特別扱いして関税率を下げるようなことはできない、と明確に説明している。
 
ただし、赤澤大臣が「交渉はパッケージで成立。すべて合意して初めて合意」と説明しているのは、自動車関税の引き下げを対象から外した相互関税の上乗せ分の小幅引き下げを得るための暫定合意を拒否しているようにも聞こえる。
 
そもそも、トランプ政権の自動車関税など分野別関税にしても、相互関税にしても不当なものであり、日本が自国の利益のためだけでなく、世界の自由貿易を守る観点からも、その撤回を求め続けるのは正しい。ただしそういう姿勢を続ければ、合意に近づくことはできないことは覚悟すべきだろう。
 
トランプ政権が最終的に求めているのは、対米貿易黒字の解消と考えられるが、それを実現させるような施策を日本が受け入れれば、それは日本のGDPを1.4%も押し下げ、日本経済に甚大な打撃を与える。それならば、現在の関税率を受け入れる方が、日本経済への打撃は小さい。
 
現状の25%の自動車・自動車部品(5月3日に発動)、鉄鋼・アルミの分野別関税、10%の相互関税は日本のGDPを0.46%押し下げる計算となる。他方、90日の一時停止期間が過ぎ、相互関税の24%が適用される場合には、分野別関税の影響と合わせて、日本のGDPは0.81%押し下げられる計算だ。
 
それらの影響は確かに大きいが、対米貿易黒字を一気に解消させるような施策を受け入れる場合と比べれば、小さいと言える。
 
こうした点も踏まえると、日本はトランプ政権が求めるような対米黒字解消策を受け入れるのではなく、トランプ政権が自国の経済、金融市場への打撃を緩和する観点から、すべての国に対する関税率を引き下げるまで、粘り強く日米関税協議を続け、いわば時間稼ぎをするのが得策ではないか。
 
(参考資料)
「米が関税で「合意枠組み案」提示 車・鉄は交渉外の意向、日本は反発」、2025年5月2日、日本経済新聞電子版

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。