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先行指標にも雇用情勢の急速な悪化の可能性は示されなかった

米労働省が5月2日に発表した4月分雇用統計で、雇用者増加数は事前予想を上回り、トランプ関税の経済への影響についての金融市場の懸念を緩和させる結果となった。非農業部門雇用者数は前月比で17万7,000人増加し、事前予想の平均13万人程度を上回った。失業率は4.2%と前月と同水準で事前予想通りだった。時間当たり賃金は前月比0.2%上昇と、3月の同0.3%上昇を下回った。ただし前年比は+3.8%と前月から横ばいとなった。
 
ヘルスケア部門が引き続き雇用の増加をけん引しており、病院と外来サービス全体で5万1,000人雇用が増加した。それ以外では、倉庫保管、宅配便・メッセンジャー、航空輸送などで雇用増加が目立った。
 
他方、製造業の雇用者数は、自動車組み立て工場やコンピューター・電子製品工場での雇用減少により1,000人減少した。また、連邦政府の雇用者数は9,000人減少した。これで3か月連続の減少と、2022年以降で最長の連続減少となった。トランプ政権が発足した1月以降では合計2万6,000人減少している。イーロン・マスクが率いる政府効率化省(DOGE)が主導する政府支出削減策が影響している。
 
4月雇用統計で雇用者増加数は事前予想を上回ったが、トランプ関税の経済に与える打撃や4月の金融市場混乱の影響はこれから表れる可能性が高い。
 
ただし、雇用者増加数の先行指標と考えられる平均労働時間は3月の34.2時間から4月には34.3時間へとむしろ増加した。また、人材派遣の数も前月比3,600人増加と前月の減少から増加に転じた。これらの指標は、先行きの雇用情勢が急速に悪化する可能性を示唆していない。
 
次回5月分雇用統計でも雇用者の安定した増加が続く場合には、トランプ関税の経済への悪影響について、現状の見方がやや過大であった可能性も考える必要が生じよう。

FRBの利下げは最短で7月か

この雇用統計を受けて、米連邦準備制度理事会(FRB)は5月6~7日に開く次回連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げを再開する可能性は、かなり小さくなった。利下げの時期を巡る中心的な見方も、6月のFOMCから7月のFOMCへと後ずれしている。
 
金融市場が織り込む年内の利下げの幅は、雇用統計発表前の0.90%程度から0.85%程度にわずかに縮小したが、引き続き年内0.25%の利下げを3回強織り込んでいる状況だ。
 
雇用統計発表後にトランプ大統領は、「インフレはない。FRBは金利を引き下げるべきだ!」と改めて利下げを求めた。FRBは7月にも利下げ再開に踏み切る可能性が考えられるが、政治的圧力による決定ではないことを示すためにも、利下げを正当化する弱いハードデータの発表がその必要条件となる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。