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トランプ政権は所得減税恒久化法案を7月4日までに可決を目指す

今後のトランプ政権の関税策は、トランプ減税恒久化の行方と相互に絡み合う形で進む面があるのではないか。トランプ政権が打ち出した関税策は、米国経済に打撃を与えるとの懸念から、米国金融市場を動揺させた。トランプ政権は、一定の過渡期を経た後には、関税策は米国経済を強くすると主張するが、米国民や金融市場は納得していない。そこでトランプ政権は、大統領選挙戦で公約にしてきたトランプ減税の延長、恒久化を実現させることで、景気悪化への懸念を払拭したい考えだ。
 
トランプ減税は、第1次トランプ政権時の2017年に導入された所得減税で、今年末に期限切れとなる。大統領選挙では、民主党は高額所得者の減税措置は延長せずに失効させることを主張した一方、共和党はすべての所得層に対して減税措置を恒久化することを主張した。
 
しかし、減税策の恒久化は、中長期的な財政赤字、政府債務の拡大につながる。議会予算局は、大型所得減税の延長によって政府債務のGDP比率が30年後には220%と、現在の100%程度から倍増すると試算している。
 
そこでトランプ政権と議会共和党は、低所得者や障害者など社会的弱者を対象とする公的医療保険「メディケイド」の削減を減税恒久化の法案に含める考えだ。また、グリーンエネルギー政策の予算削減も含まれる見通しだ。それ以外には、共和党が大統領選挙で公約にした飲食店従業員らが受け取るチップの非課税化も含まれる見込みである。
 
米議会共和党は、議会が休会となる5月22日までに減税政策を盛り込んだ法案を下院で可決し、上院へ送付することを想定している。さらに独立記念日の7月4日までの成立を目指している。

所得減税恒久化法案可決までは関税策の大幅縮小はできない理由

ただし、共和党議員のなかでも、減税恒久化による財政赤字、政府債務の拡大を警戒する向きは少なくない。そこでトランプ政権は、追加関税の収入を減税恒久化の財源にできると主張し、共和党議員に減税恒久化に賛成するように働きかけている。
 
トランプ政権にとって関税策は、同じく大統領選挙で公約とした減税恒久化の実現には必要であり、減税法案が可決されるまでは関税策を簡単には縮小できない事情がある。このように、関税策と減税恒久化は密接に結びついている。
 
7月4日までに減税恒久化法案が可決されれば、不人気な関税策を無理に維持する必要性は低下する。ただし、共和党の穏健派はメディケイドや環境対策への大幅な削減に反対しているため、法案可決は7月4日以降にややずれ込む可能性もあるだろう。

夏場に物価高は本格化し今秋までに関税の本格見直しも

ところで、関税策に対する米国民の不満が本格的に高まるのは、実際に輸入品を中心に物価が上昇してからだろう。関税を見越して多くの海外製品が前倒しで輸入された。それも含めた既存の在庫がなくなるまでは、輸入品の価格は上昇しない。調査会社コックス・オートモーティブによると、米国内での新車の在庫水準は61日相当とされる。7月頃には、輸入車の価格は顕著に上昇し始める可能性がある。そうした物価上昇は、国民の間で関税策への不満を高め、トランプ政権の関税策見直しにつながるだろう。
 
所得減税恒久化と物価上昇は7月頃が目処となる。それを受けてトランプ政権が関税策の縮小を決めるのは、やや遅れて秋頃となるのではないか。減税恒久化と関税策見直しが実現すれば、金融市場にも楽観論が広がる可能性があるだろう。
 
ただし、一時的にせよ相当規模の関税が課されることは、不確実性の高まりを含めて米国あるいは世界経済を悪化させ、その深刻な影響は少なくとも年内は大きく残るのではないか。また、トランプ政権は、半導体、医薬品などの分野別関税を追加する考えを示している。
 
さらに、トランプ大統領は5月4日に、外国産の映画に100%の関税をかける方針を示し、米商務省と米通商代表部(USTR)に必要な措置を取るよう指示した。米国民と世界の企業、金融市場がトランプ政権の関税策に翻弄される状況は当面続く。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。