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トランプ政権の事実上の白旗か

米中は5月10日・11日にスイスで貿易に関する協議を実施したが、その後12日に共同声明を行い、米国が中国に対する関税率を5月14日までに145%から30%に引き下げることを決めた。これには、合成麻薬フェンタニルに関係する一律関税の引き下げも含むという。他方で中国は、米国に対する関税率を125%から10%に引き下げる。いずれも期間は90日間の暫定措置である。
 
トランプ政権は4月に相互関税を実施した直後に、各国への上乗せ関税については90日間の一時停止を決めた。ただしその際に、米国の相互関税に対して報復関税を講じた中国はその例外とされた。
 
今回は、それから1か月余りを経て、中国にも同様の措置が適用されたとみることができる。今回引き下げられた関税は期限付きではあるが、90日後100%を超える水準まで関税率が再び引き上げられる可能性は低いだろう。関税を巡る米中間の対立は大きな山を越えた感がある。
 
こうした劇的な展開となった背景には、両国間での高い関税率によって、米国経済や金融市場が大きな打撃を受けるとともに、トランプ政権に対する米国民からの批判が高まり、来年の中間選挙への悪影響が生じることをトランプ政権が強く警戒したことが大きいと考えられる。
 
トランプ政権が中国側に大きく譲歩したことで、今回の劇的な合意が成立した。いわば、トランプ政権が中国に対して白旗を挙げたに等しいだろう。

関税策の本格的な見直しは今秋頃までに実現か

それでも、米国にとって最大の貿易赤字国である中国に対して、最も高い関税率を課す、という原則は維持されている。また、自動車、鉄鋼などの分野別関税については25%の水準が維持され、相互関税の一律10%は維持される。トランプ政権が中国に対する関税率を大きく下げても、トランプ政権の関税政策はなお堅持されており、その政策を簡単には諦めないだろう。

関税政策の本格的な見直しにはなお時間

今回の米中合意が米国と他国との関税協議に与える影響は不明だ。トランプ政権が交渉で弱みを見せたことは、他国にとっては交渉上有利ではあろうが、それでも協議が一気にまとまる訳ではないだろう。
 
トランプ政権が中国以外の国も含めて関税率を大幅に下げるまでにはなお数か月かかるとみられ、それは今秋頃までに実現すると予想される。

対中関税率の大幅引き下げは日本経済に追い風

米国の対中関税率が30%に引き下げられることで、関税策のGDPへの影響がどの程度緩和されるのか試算した。対中関税率の引き下げ措置が恒久化するとの前提で計算すると、従来と比べて世界のGDPへの押し下げ効果は0.44%、米国のGDPについては1.15%、日本のGDPについては0.56%縮小する(図表)。日本経済にとっては朗報である。対中関税率引き下げによって、米中経済が悪化することが日本経済に与える関税の間接的な影響はかなり解消されると考えられる。
 
ただし、日本に対する米国の関税率にはなお変化がないことや、関税率引き上げによる経済への悪影響が本格的に経済に及ぶのはこれからであることを踏まえると、日本経済は引き続きトランプ関税によるリスクにさらされている。
 
図表 中国への関税率30%への引き下げの経済効果

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。