米国議会では減税の恒久化審議が難航
米国下院予算委員会は16日に、今年年末に失効する所得減税を恒久化することを含む関連法案を反対多数で否決した。減税措置の恒久化はトランプ大統領の選挙公約の一つであった。関税策がもたらす経済への悪影響を緩和する観点からもその法案の可決はトランプ政権にとっては、来年の中間選挙で共和党が勝利するために必要な政策だ。
トランプ大統領は先週、連邦議会を訪れ、共和党議員に関連法案に賛成するように強く圧力をかけた。それが奏功し、同委員会は関連法案を可決したが、当初反対した共和党議員は同案に賛成に転じたのではなく棄権した。彼らは引き続き反対なのである。政府は7月中に同法案の可決を目指しているが、議論はなお難航しそうだ。
与党でありながら政府の方針をそのまま受け入れず、同案に反対している共和党議員は、それがもたらす財政環境の悪化を警戒している。そして同法案に賛成した場合には、来年11月の中間選挙で落選することをおそれている。
このことは、有権者の間にも、財政環境の悪化を懸念する考えが相応に広まっていることを意味しよう。すべての有権者が「今が良ければ良い」と考えているのであれば、所得減税を恒久化して、今年の年末に増税となることを避ける案に賛成する筈だ。実際そうではないのは、所得減税を恒久化すれば、2034年度までに約3兆8000億ドルもの財政悪化要因になってしまうからだ。その分、政府債務は増加し、将来の自分あるいは将来世代に負担を先送りしてしまうことが良いと米国の有権者は考えていない。
米国の有権者が、このように「今が良ければ良い」と考えていないのは、良識があるからだとも言えるだろう。この良識は、歴史の中で身につけてきたものとも言える。その過程で大きな役割を果たしたのは金融市場だ。
トランプ大統領は先週、連邦議会を訪れ、共和党議員に関連法案に賛成するように強く圧力をかけた。それが奏功し、同委員会は関連法案を可決したが、当初反対した共和党議員は同案に賛成に転じたのではなく棄権した。彼らは引き続き反対なのである。政府は7月中に同法案の可決を目指しているが、議論はなお難航しそうだ。
与党でありながら政府の方針をそのまま受け入れず、同案に反対している共和党議員は、それがもたらす財政環境の悪化を警戒している。そして同法案に賛成した場合には、来年11月の中間選挙で落選することをおそれている。
このことは、有権者の間にも、財政環境の悪化を懸念する考えが相応に広まっていることを意味しよう。すべての有権者が「今が良ければ良い」と考えているのであれば、所得減税を恒久化して、今年の年末に増税となることを避ける案に賛成する筈だ。実際そうではないのは、所得減税を恒久化すれば、2034年度までに約3兆8000億ドルもの財政悪化要因になってしまうからだ。その分、政府債務は増加し、将来の自分あるいは将来世代に負担を先送りしてしまうことが良いと米国の有権者は考えていない。
米国の有権者が、このように「今が良ければ良い」と考えていないのは、良識があるからだとも言えるだろう。この良識は、歴史の中で身につけてきたものとも言える。その過程で大きな役割を果たしたのは金融市場だ。
米国では金融市場が財政環境悪化に警鐘をならしてきた
1980年代のレーガン政権の第一期には、旧ソ連と対抗するために軍事費の拡大を進めた。他方で米連邦準備制度理事会(FRB)が高金利政策をとったため、ドル高が大幅に進んでいった。それらの影響で財政赤字と貿易赤字が同時に拡大した。双子の赤字である。それはドルの信任を損ね、ドル暴落のリスクが高まったことから、1985年に主要国が協調してドル暴落を回避するためにドルの秩序だった調整に動いた。これがプラザ合意だ。また、双子の赤字を背景に、株価が大きく下落した。1987年のブラックマンデーである。
財政赤字の拡大を一つの要因として、当時の米国では株価が下落し、長期金利が上昇した。それは、米国民に痛みをもたらした。株価の下落は個人が将来の生活のために積み上げてきた資産を減少させた。また、長期金利の上昇は、住宅ローンの返済をより難しくした。こうした金融市場の反応によって米国民は財政環境悪化がもたらす問題点を身をもって実体験したのである。こうした金融市場の反応は、政策を正常化させる機能とも理解できる。
財政赤字の拡大を一つの要因として、当時の米国では株価が下落し、長期金利が上昇した。それは、米国民に痛みをもたらした。株価の下落は個人が将来の生活のために積み上げてきた資産を減少させた。また、長期金利の上昇は、住宅ローンの返済をより難しくした。こうした金融市場の反応によって米国民は財政環境悪化がもたらす問題点を身をもって実体験したのである。こうした金融市場の反応は、政策を正常化させる機能とも理解できる。
金融市場が警鐘を鳴らさない日本
翻って市場機能が低下してしまった日本では、金融市場が政府の政策に警鐘を鳴らすような役割を果たしていない。そうした中、日本の国民は金融市場の助けを借りずに、財政環境がもたらす諸問題を自らの見識で理解しなければならない。この点に、日本の財政問題の難しさがあると言える。
現在日本では、夏の参院選挙という政治的な要因を背景に、消費税減税の議論が高まっている。政府が先進国では歴史的に見たこともないような巨額の債務を抱える中、新たな借金で借金を一部返済し続ける自転車操業をしている。一度作った借金は必ず返さなければならず、それをあきらめれば政府は債務不履行(デフォルト)に陥り、日本経済、金融は未曾有の混乱に陥ってしまう。
そうした事態を避けるためには、将来世代には先代が作った借金を文句を言わずに返済してもらう必要がある。その分、将来世代は自分のお金を自分が使いたいことに使えなくなる。それは民間経済を低迷させるだろう。財政環境の悪化は、このように将来世代の経済活動、生活を強く制約してしまう。そうした不幸な運命の将来世代を前提に、現在の低い国債利回りは成り立っているのである。
消費税減税がもたらす経済プラス効果は限られる一方、それがもたらす財政環境の一段の悪化がもたらす問題はこのように深刻だ。「今が良ければ良い」という考えにとらわれず、将来世代の経済、生活に強い責任を持ち、適切な政策を我々は選び取る必要がある。日本国民の良識が今問われている。
現在日本では、夏の参院選挙という政治的な要因を背景に、消費税減税の議論が高まっている。政府が先進国では歴史的に見たこともないような巨額の債務を抱える中、新たな借金で借金を一部返済し続ける自転車操業をしている。一度作った借金は必ず返さなければならず、それをあきらめれば政府は債務不履行(デフォルト)に陥り、日本経済、金融は未曾有の混乱に陥ってしまう。
そうした事態を避けるためには、将来世代には先代が作った借金を文句を言わずに返済してもらう必要がある。その分、将来世代は自分のお金を自分が使いたいことに使えなくなる。それは民間経済を低迷させるだろう。財政環境の悪化は、このように将来世代の経済活動、生活を強く制約してしまう。そうした不幸な運命の将来世代を前提に、現在の低い国債利回りは成り立っているのである。
消費税減税がもたらす経済プラス効果は限られる一方、それがもたらす財政環境の一段の悪化がもたらす問題はこのように深刻だ。「今が良ければ良い」という考えにとらわれず、将来世代の経済、生活に強い責任を持ち、適切な政策を我々は選び取る必要がある。日本国民の良識が今問われている。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。