&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

コメの価格高騰がCPI全体を前年同月比で0.6%押し上げ

総務省が23日に発表した4月分消費者物価(CPI)統計で、コアCPI(除く生鮮食品)は前年同月比+3.5%と前月の同+3.4%から上振れた。事前予想の平均値+3.4%を上回り、2023年1月以来の水準に達した。
 
昨年末より総合CPI上昇率に大きく寄与していた野菜など生鮮食品の価格高騰がかなり収まってきたことは良いニュースだ。生鮮食品の総合CPI押し上げ効果は、1月の前年同月比+0.8%をピークに低下傾向にあり、4月には同+0.1%まで縮小した。そうした中で物価上昇率の上振れを現在なお主導しているのは、コメなどの食料品とエネルギー価格だ。
 
4月は電気代の上昇がCPIの前年比を3月と比べて0.16%ポイント押し上げ、ガス代なども含むエネルギー価格全体の上昇はCPIの前年比を0.21%ポイント押し上げた。他方で生鮮食品を除く食料品の価格がCPIの前年比を0.19%ポイント押し上げた。
 
4月のコメ類の価格は前年同月比+98.4%と3月の同+92.0%からさらに加速し、総合CPIを前年同月比で+0.61%も押し上げている。コメの価格高騰は、低所得層を中心に個人消費に甚大な打撃を与えており、「良い物価上昇」という側面が全くない「悪い物価上昇」の代表格だ。

対照的に基調的な物価は安定が続き、物価と賃金の好循環は明確には見られない

他方で、より基調的な物価動向に注目すると、食料(酒類を除く)及びエネルギーを除くCPIは4月に前年同月比+1.6%と3月と同水準となった。基調的な物価上昇率は安定した動きを続けている。また4月のサービス価格は前年同月比+1.3%と3月の同+1.4%から低下した。それには、政府の高校授業料無償化策という一時的な政策効果の影響が大きかったが、それ以外でも家事関連サービスが前年同月比の低下に貢献しており、サービス価格上昇率は全体として安定を続けている。日本銀行が目指す物価と賃金の好循環に基づく2%の持続的な物価上昇率の実現は、さらに遠のいている状況だ。
 
食料(酒類を除く)及びエネルギーを除くCPIは、最終的には1%以下まで低下していくものと予想する。
 
表面的な物価上昇率は上振れているが、それは需要の強さを背景にした「良い物価上昇」ではなく、円安による輸入物価上昇やコメ価格の高騰といった供給要因、あるいは一時的要因による「悪い物価上昇」であり、個人消費には逆風である。

円安修正で食料・エネルギー価格の上昇率は年後半にかけて低下へ

こうしたタイプの物価上昇率の上振れは、個人消費の下振れを通じていずれは物価上昇率を下振れさせることにつながるものだろう。この点に照らすと、経済・物価の安定のためには、上昇が目立つ特定品目の価格上昇を直接抑える、ミクロの物価高対策をさらに進める必要がある。金融引き締めを急いで需要を抑制することで物価の安定を図るというマクロの物価高対策は、今の局面では有効ではない。それは、景気の下振れリスクを高めてしまう恐れもあるだろう。
 
エネルギーやコメを除く食料品の価格上昇をもたらしているのは、円安による輸入物価の上昇である。従って、円安を修正する政策こそが、物価の安定と経済の安定に有効となる。日本銀行の金融引き締めは、円安修正を通じて物価・経済の安定につながるという観点からは、正当化される面がある。
 
ただし、日本銀行の利上げや政府の為替介入を実施するまでもなく、トランプ関税がもたらす米国経済への悪影響や米国金融市場への信認低下を受けて、為替市場ではドル安円高が進んでいる。また、トランプ関税が世界経済に与える悪影響を背景に、原油価格も一時期と比べてかなり低下した。こうした効果は、今年後半にかけて日本の物価上昇率の低下につながり、それは個人消費を下支えすることが期待される。

禁じ手に踏み込む政府のコメ価格対策

政府は既に、補助金を通じてガソリン価格を1リットル当たり10円引き下げる施策に着手している。また電気・ガス料金への補助金再開も決めた。この点から、現時点で必要な追加の物価高対策は、コメの価格安定化策に収れんするだろう。
 
政府備蓄米の放出によってもコメの小売価格は明確に下がらないことから、政府は入札方式ではなく随意契約方式を検討している。これは、政府が市場価格を直接決めることになることや、企業に安い価格でコメを売却し、事実上の補助金になってしまうリスクもあるなど、大きな潜在的な問題を抱えている。また、どのような基準でコメの売却先企業を選定し、また売却価格を決定するのかなど、大きな不確実性を抱えている。
 
しかし、今までのやり方ではコメの価格が下がらないことが明らかになった以上、こうした禁じ手を検討するのは一定の正当性があると言えるだろう。政府には、市場経済に与える悪影響などの潜在的な問題点に十分な注意を払いつつも、一方で積極的な対策を通じて早期にコメの価格安定の成果をあげて欲しい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。