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日本製鉄による投資大幅拡大を受けトランプ大統領はUSスチール買収を承認か

詳細については依然として明らかでないが、トランプ米大統領は従来の姿勢を一転させ、日本製鉄によるUSスチール買収を正式に承認する可能性が高まっている。
 
日本製鉄は2023年12月に、USスチールを141億ドルで買収すると発表したが、2025年1月にバイデン前大統領が安全保障上の懸念を理由に禁止命令を出した。トランプ大統領も大統領就任前から買収に否定的な発言を繰り返していたが、今年4月に再審査を命じ、対米外国投資委員会(CFIUS)が、米国の安全保障にリスクを及ぼす可能性があるかどうかを審査してきた。同委員会は今月21日にトランプ大統領に報告書を提出したが、その内容は明らかにされていない。トランプ大統領は、報告書提出の15日後に当たる6月5日までに計画の可否を判断することが求められている。
 
トランプ米大統領は従来の慎重な姿勢を一転させ、日本製鉄によるUSスチール買収を正式に承認する可能性が高まっている。トランプ大統領は23日に自身のSNSで、「これはUSスチールと日本製鉄との計画的な提携(パートナーシップ)で、少なくとも7万人の雇用創出と米国経済に140億ドルの貢献をもたらす」「関税によって鉄は再び、永遠に『メイド・イン・アメリカ』になると保証する」などと投稿した。これは買収を承認する意向を示したものと言えるだろう。
 
今まで買収に否定的だったトランプ大統領がなぜ賛成に傾いたのかは明らかではないが、巨額の設備投資など日本製鉄が買収承認を得るために提示した条件がそれを促したと考えられる。
 
日本製鉄は、当初計画の14億ドルの設備投資の規模を、10倍の140億ドルまで大幅に引き上げた。実に、USスチールの買収額と同額まで設備投資計画の額を引き上げる、異例の措置である。日本製鉄にとっては非常に高くつく買収となってしまうが、それによって、トランプ大統領から買収承認を引き出すことに成功しつつあるのだろう。
 
米国民の間では、かつて米国を代表していた老舗企業が日本企業に買われることへの反発が少なくないが、トランプ大統領は、そうした世論への配慮よりも巨額の投資という経済的なメリットを選んだのである。

関税を受けた企業の米国離れの動きは変わらないか

安全保障上の懸念を理由に日本製鉄による買収を米政権が認めなかったことは、日本企業による米国投資を委縮させ、両国経済にとって望ましい結果を生まない。トランプ大統領が買収を正式に承認すれば、そうしたリスクは軽減されるだろう。
 
しかしながら、その決定だけで、トランプ政権の発足後に日本企業の間に広がる米国ビジネスへの懸念が大きく緩和されることはないだろう。トランプ政権が一方的に打ち出した関税策は、米国でのビジネス全体への不確実性を高め、日本企業が米国離れに動くきっかけとなっている。日本製鉄のように、米国市場を取り込むために米国への投資を拡大させる企業もあるが、他方では、輸出先や投資先を米国から他の国へと移す企業の動きも加速するのではないか。
 
買収承認が、現在進められている日米関税協議に与える影響は、当面の注目点の一つだが、日本製鉄による巨額の設備投資がトランプ政権から大幅な関税率の引き下げや撤回を引き出す決定打とはならないだろう。トランプ政権は対米投資の拡大を歓迎するものの、関税発動の最大の狙いは、米国の貿易赤字の縮小であるからだ。投資拡大は、貿易赤字の縮小には少なくとも短期的にはつながらない。
 
トランプ政権が関税策を大幅に縮小方向で見直さない限り、日本企業、そして世界の企業の間でも、米国ビジネスを敬遠する動き、米国離れが広がるのではないか。それは、関税によって米国経済を再び偉大にするというトランプ大統領の狙いとは全く逆の結果を生むのである。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。