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トランプ大統領はEUに50%の関税を示唆

トランプ米大統領は23日にSNSで、欧州連合(EU)からの輸入品に50%の関税を6月1日から課すべき、と主張した。その後に、7月9日まで実施を延期した。
 
トランプ政権は4月に、EUに対して20%の相互関税を課すことを発表した。その後、相互関税の上乗せ部分の実施は90日間停止され、一律の10%の関税が現在も課せられている。さらに、自動車・自動車部品と鉄鋼・アルミニウムの25%関税も別途課せられている。
 
トランプ大統領はEUとの間の関税協議が進んでいないことや、EUが米国の関税策に対して報復措置を検討していることに強い不満を抱いており、それが今回の発言につながっている。トランプ大統領は「強固な貿易障壁、付加価値税(消費税)、非金融貿易障壁、為替操作などが米国に貿易赤字をもたらした」とEUを批判している。
 
50%の関税は、EU側に関税協議の進展を促すことや、米国への報復措置を思いとどまらせるための脅しという性格が強いとみられ、実際に50%の関税が課されるかどうかは分からない。
 
米シカゴ地区連銀のグールスビー総裁は23日に、EUへの50%関税はサプライチェーンにとって脅威だと述べた。同氏はトランプ関税について、「不確実性以上の問題だ。一貫性がない。企業には一貫性が保たれるという確証が必要だ。これほど高い関税率を目の当たりにすれば、サプライチェーンにとって本当に恐ろしい事態になるだろう」と強く批判している。

米国で製造しないiPhoneに25%関税を示唆

一方トランプ大統領は、米アップル社のスマートフォン「iPhone」について、米国外で生産する場合には「少なくとも25%」の関税を課す、とも発言している。トランプ政権は、中国で製造するiPhoneを米国に輸入する際に、中国に対してその時点で課していた145%の関税がかかり、iPhoneの米国での販売価格が約2.5倍にまで大幅に上昇することを懸念し、iPhoneを含むスマートフォン、PC等を相互関税の対象から除外し、半導体、半導体製造装置などと共に新たに「半導体関税」の対象とすることを決めていた。これは、アップル社などの求めに応じた措置と考えられる。
 
しかし、相互関税の対象から除外された後、アップル社は米国で販売するiPhoneを中国からインドに移していく考えを維持している。高い関税がかかることを避けるような措置を講じたにもかかわらず、アップル社がiPhoneの生産を中国から米国に移さないことにトランプ大統領は強い不満を持っており、それが25%の関税という発言につながっている。
 
実際にiPhoneだけに関税を課すとは考えにくい。トランプ大統領の「25%関税」の発言は、「半導体関税」のことを意味しているのではないか。
 
生産拠点を中国から米国ではなくインドへ移すというアップル社の判断は極めて合理的なものだ。人件費が高い米国は、iPhoneの製造には適さない。米国で製造すればiPhoneの価格が大きく上昇することは避けられない。また、iPhoneの製造には世界の企業から部品、素材を調達することが求められる。米国の保護主義的な政策の下では、米国での製造で、サプライチェーンに支障が生じるリスクが常にある。

米中合意後もトランプ政権の強気の関税方針は崩れていない

トランプ政権は中国との間で報復関税の応酬で切り上がってしまった極めて高い関税率を、それぞれ115%引き下げることで合意した。しかしこの合意は、関税政策を縮小方向で本格的に見直す方針転換ではなく、中国との間で意図せずに高まってしまった関税率が米国経済に打撃を与えていることに配慮した措置に過ぎない。
 
EUやiPhoneに対する関税の発言は、トランプ大統領が関税策で依然として強気の方針を崩していないことを示唆していよう。
 
この点を踏まえると、日米関税協議が日本への関税率の大幅な引き下げや関税撤回で早期に合意することを期待するのは難しいだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。