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与党は、今国会に提出した年金制度改革関連法案で、当初検討していた「基礎年金底上げ案」を除外していた。「基礎年金底上げ案」は、財政環境が相対的に安定している厚生年金の積立金を活用して、財政環境がより厳しい基礎年金の給付水準を底上げする施策だ。ただし、厚生年金の受給額が一時的に減ることが夏の参院選で争点とされることへの懸念や、将来的には兆円単位の国庫負担が必要となることから、与党は年金制度改革関連法案からそれを除外したのである。
 
これに対して立憲民主党は、基礎年金底上げ案を含まない年金制度改革関連法案を「あんこのないあんパン」と批判し、与党に対して、底上げ策を復活させることなどを盛り込んだ修正案を提案した。それは、「2029年の次回財政検証で基礎年金の給付水準の低下が見込まれる場合には底上げ策を実施する」と明記するものだ。与党は立憲民主党が求める基礎年金の底上げ策の修正を受け入れる方針を固め、底上げ案を法案の付則に盛り込む方向で調整していると報じられている。そうなれば、関連法案は月内にも衆院を通過し、今国会で成立する見通しとなった。
 
現在のマクロ経済スライド方式の下では、保険料を支払う人の数が減り、受け取る人の数が増える少子高齢化が進むなかでも、年金財政を維持させるために、物価や賃金の上昇率よりも年金給付額の引き上げ率を低く抑える減額措置がとられている。その中で、相対的に財政状況の悪い基礎年金については、この先実質ゼロ成長の低迷した経済が続けば、約30年後には給付額が昨年度の水準よりも3割下がる恐れがある。これは、就職難で厚生年金の加入期間が短い傾向がある氷河期世代の退職後の生活を危うくしてしまう。
 
こうした点を踏まえると、今回の年金改革で基礎年金底上げを実現するべきだった。それは実現しなかったが、関連法案の付則にはなんとか盛り込まれ、5年後の次回の年金改革で実現される可能性がでてきたことは好ましい。
 
月額7万円弱といった基礎年金受給のみで退職者が生活していくことは困難だ。基礎年金受給のみに頼る人々は、生活保護に依存せざるを得なくなる。生活保護制度は国民生活を支えるラストリゾート(最後の手段)であり、多くの人がその例外的な仕組みで生活が支えられる状態は望ましくない。しかし、氷河期世代がこの先大量に退職していけば、生活保護に頼らざるを得なくなる人の数は大幅に増えるだろう。
 
こうした事態を回避するためにも、基礎年金底上げは必要な措置だ。さらに将来的には、基礎年金のみで退職後の生活が成り立つようにする方向で、年金制度の抜本的な改革を進めていくことも選択肢となるのではないか。
 
(参考資料)
「年金制度改革関連法案:年金法案修正、成立へ 底上げ 自民受け入れ」、2025年5月25日、毎日新聞 
「年金底上げ、受け入れへ 自民、立憲案うけ修正」、2025年5月24日、朝日新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。