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財務省は27日に、2024年末の日本の対外純資産(資産-負債)残高が、533兆500億円だったと発表した。為替市場で円安が進み、外貨建て純資産残高の円換算値が膨らんだことで、6年連続で過去最大を更新した。
 
しかし日本の純資産残高は、ドイツの純資産残高(円換算約569兆6,512億円)に抜かれ、34年ぶりに世界最大の純資産国の座をドイツに明け渡した。GDPに続いて純資産残高でもドイツに抜かれたことは、日本の国力の低下を示すものと言える。純資産残高で世界第3位は中国の516兆2809億円で日本に迫っている。第4位は香港の320兆2584億円である。
 
通貨変動、資産・負債の価格変動の影響を除けば、経常黒字の分だけ対外純資産残高は増加することになる。日本とドイツが長らく世界最大の純資産国の座を争ってきたのは、両国ともに輸出で稼ぎ成長する国であったからだ。
 
ドイツは自動車や工業機械、化学などの輸出産業が経済を先導しており、経常黒字の中核である貿易黒字を拡大させてきた。他方日本は、近年、輸出で稼ぐ力が落ちる中、食料・エネルギーなどの輸入依存度が高く、その価格が上昇することなどで、貿易収支が赤字となる年が増えてきた。さらにデジタル赤字拡大の影響も加わり、経常黒字額も縮小していった。これが、対外純資産残高で日本がドイツに抜かれた背景だ。やはり日本の国力低下が背景にあると言えるだろう。
 
巨額の対外純資産を持っていることは、円の信認を支えてきた。巨額の外貨建て対外純資産を持っていれば、対外債務の返済に困るリスクは小さいからだ。また、巨額の対外純資産は、政府債務が先進国の中で突出して高い状況においても、財政の安定維持に寄与し、国債の格付けが一定の水準で下げ止まる要因の一つとなっている。世界最大の純資産国という地位は、日本の通貨と財政の安定、また国債の信用力を支える重要な役割を果たしてきたと言える。
 
世界最大の純資産国の座を失ったからといって、即座に日本で通貨と財政の安定が揺らぎ、国債の信用力が大きく低下する訳ではない。しかし今後、日本が貿易赤字を拡大させ、経常収支も赤字となり、対外純資産を大幅に減らすことになれば、そうしたリスクを認識することが重要になっていくだろう。そのため、通貨の価値の大幅下落を招くような極端な金融緩和策や、一段の政府債務の拡大につながる積極財政政策には、従来以上に慎重になる必要がある。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。