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日本銀行が原資の100%を債券取引損失引当金に充てた

日本銀行が5月28日に発表した2024年度決算で、経常利益は+2.8兆円と前年度比1.8兆円減少の大幅減益となった。大幅減益の背景は、円高による外貨建て資産の円換算での目減り(外国為替関係損益)に加えて、付利金利の引き上げによって銀行への利払い(補完当座預金制度利息)が増加したことによる。利払い額は前年度の約1,900億円から約1兆2,500億円へと急増した。
 
他方、特別損益の債券取引損失引当金は4,700億円と前年度の9,200億円から減少した。これは銀行への利払い増加によって引き当ての原資が減少したためだ。原資となるのは、長期国債からの利息収入(有利子負債見合い部分)等から有利子負債(日銀当座預金)に対する利払い費用等を引いたものだ。
 
引当金は前年度と比べて減ったものの、原資から債券取引損失引当金に回す割合は100%と、前年度の75%から引き上げられた。日本銀行が満期保有を前提に時価評価を行わない保有長期国債に対して損失引当金を積むのは異例であるが、これは、日本銀行が金融政策の正常化を行う中で、政策金利(付利金利)と保有長期国債の金利が逆転して赤字に転じる、あるいは債務超過に陥ることを回避するための備えとして導入した特別な制度だ。日本銀行の会計規定には、原資の50%に相当する金額を目途とし、自己資本比率の水準等を勘案して定める、とされる。実際、2022年度までは50%が引き当てとして計上されていたが、2023年度には75%、そして2024年度には100%へと引き上げられてきた。政策金利(付利金利)の引き上げに伴い銀行への利払い費が増加し、原資が減少していくことを見越した措置だ。

27・28年度には最大2兆円規模の最終赤字が発生との日本銀行の試算

2025年3月末時点で債券取引損失引当金は7.5兆円、自己資本が14.1兆円、合計で21.6兆円程度だ。政策金利引き上げに伴う一時的な赤字が21.6兆円の範囲内の規模にとどまるのであれば、日本銀行は債務超過を免れることができる計算だ。
 
日銀は数年後に短期金利が2%になり、短期金利と長期金利の差が0.25%まで縮小することを前提にした収益のシミュレーションを行っている。それによると、年間1.4兆円に及ぶETFの配当金を含めても2025年度と2026年度には収益はほぼゼロとなり、2027年度と2028年度には最大2兆円規模の最終赤字が発生するとしている。ただし、その後は長期金利が上昇する形で長短金利の利鞘は拡大するため、赤字の発生は一時的な現象であるとしている。
 
この試算の通りであるとすれば、2027年度と2028年度にそれぞれ2兆円ずつ、合計で4兆円の赤字が発生することになる。それは合計で21.6兆円程度の債券取引損失引当金と自己資本で十分に賄うことができるはずだ。

追加利上げに前向きである一方、国債減額には慎重

この点を踏まえると、債券取引損失引当金の割合を100%にまで高め、引当金の積み上げを積極的に進める必要性は低いように思える。それでも日本銀行が引当金の積み上げを進めているのは、長短金利差が縮小することにとどまらず、両者の逆転が生じ、またその期間が長引くことで想定以上の赤字が拡大するリスクを警戒しているためではないか。
 
そうであるとすれば、今回の債券取引損失引当金積み上げは、日本銀行が政策金利を2%、あるいはそれ以上の水準まで引き上げて行くという、追加利上げの実施に向けた積極姿勢を反映していると言えるのではないか。
 
他方、国債保有残高を急速に削減していけば、長短金利が逆転しても赤字額が大きくならないことを踏まえると、日本銀行は国債保有残高を緩やかにしか削減しない考えであることを、今回の措置が反映していることも考えられる。
 
日本銀行は2024年7月の金融政策決定会合で、月間の国債買い入れの予定額を、原則として毎四半期4,000億円程度ずつ減額し、2026年1~3月に3兆円程度とする計画を発表した。そして、次回6月16・17日の金融政策決定会合では、国債買い入れ減額の中間評価を行い、また、来年4月以降の国債買い入れ方針を議論する。
 
足もとで超長期の金利が大幅に上昇したことや、債券取引損失引当金の積み上げに積極的であることを踏まえると、日本銀行は今回の中間評価で、国債買い入れ減額のペースを顕著に高めることになる可能性は低いのではないか。

(参考資料) 
「日銀、損失引当率100%に上げ 金利ある世界で自らも備え」、2025年6月2日、日本経済新聞電子版
 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。