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金融市場は米国雇用情勢が急速に悪化することへの懸念を強めていた

5月の米雇用統計で、非農業部門雇用者数は前月比13万9,000人増と事前予想の平均値の約13万人を若干上回った。しかし、非農業部門雇用者数は3月および4月分の合計で9万5,000人の比較的大きな下方修正となった。過去の数字も含めた雇用者増加数は、事前予想を下回ったと言える。
 
雇用者数は、医療、社会福祉、娯楽・ホスピタリティなどのサービス業で比較的堅調な増加を維持した。他方で、関税の影響を受けやすい製造業の雇用者数は前月比8,000人減と今年に入って最大の落ち込みとなった。また、連邦政府の雇用者数は5月に2万2,000人減り、2020年以来の大幅な減少となった。トランプ政権による政府支出削減、連邦職員削減の影響が表れている。いずれも、トランプ政権による政策の影響が表れやすい分野では、雇用の減少傾向が顕著となっている。
 
5月の失業率は4月から横ばいの4.2%と、事前予想通りだった。労働参加率は62.4%と3か月ぶりの水準に下がっており、職探しを諦めて労働市場から退出した失業者が失業率を押し下げた面もあり、実際の労働需給は悪化している可能性もある。平均時給は前月比+0.4%上昇、前年同月比+3.9%上昇とそれぞれ事前予想を上回った。
 
5月の雇用統計は、事前予想の範囲内であり、サプライズな内容ではなかった。しかしその割には金融市場の反応は大きかった、という印象だ。
 
6日の米国市場ではドル高が進み、ドル円レートは1ドル143円台から一時145円台を付けた。米国の長期金利は上昇し、株価は大きく値を上げた。
 
金融市場がこのような反応を示したのは、最新の新規失業保険申請件数が予想外の増加となるなど、雇用情勢が足元で急速に悪化していることに金融市場が懸念を強める状況で、実際には雇用統計からはそのような兆候が確認できなかったからだ。

米企業は様子見姿勢を続ける

トランプ政権による相互関税発表を受けて、4月に世界の金融市場は大きく動揺した。しかし、この金融市場の動揺、資金ひっ迫の動きを受けて、経済活動が急激に悪化している証拠は、米国のみならず他国にも見られていない。ただしこのことは、トランプ関税が経済に与える悪影響が小さいことを意味している訳ではないだろう。関税によるサプライチェーンの混乱やコスト増加による企業の収益悪化の影響、物価高による消費悪化の影響が明確に表れるまでには時間がかかる。
 
米国企業も関税の影響を見極めようとしており、その中で、新規の雇用には慎重になっている。他方で、雇用の削減にも慎重だろう。ひとたび雇用を削減すると、経済情勢が改善しても再び雇用を増やすことが容易でないことを、コロナショックの際に経験したためだ。さらに、人員削減には一時的なコストもかかる。
 
トランプ関税の影響で米国及び世界の経済が短期間で急速に悪化するリスクは低下している。しかし、経済活動が緩やかに悪化していく可能性は依然として残っている。そして、それが、米国の中小企業の過剰債務などに関わる金融不均衡の調整の引き金となる場合には、景気減速傾向が加速していく可能性もあるだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。