当初案には「財源の裏付けがない減税政策」を明確に否定
6月6日に開かれた経済財政諮問会議で、「経済財政運営と改革の基本方針2025」、いわゆる「骨太の方針」が示された。その中の注目点の一つは、夏の参議院選挙を前に野党のみならず与党内でも高まる消費減税の議論に対して、政府がどのような方針を示すかであった。
当初の原案では、「財源の裏付けがない減税政策によって手取りを増やすのではなく、経済全体のパイを拡大する中で、物価上昇を上回る賃上げを普及・定着させる」とされていたとされる。与党内でも、財源を確保するのではなく、赤字国債の発行で賄う形で、消費減税を実施すべきとの主張が高まっていた。当初の原案はそれを明確に否定していたのである。
財源の裏付けのない形での消費減税は政府債務を一段と悪化させ、経済の潜在力を損ね、社会保障支出を不安定化させかねない。そのため、財源の裏付けのない消費減税に強く反対する自民党執行部と政府は、骨太の方針にその考えを明確に書き込むことで、与党内の消費減税議論を抑える狙いがあったと考えられる。
当初の原案では、「財源の裏付けがない減税政策によって手取りを増やすのではなく、経済全体のパイを拡大する中で、物価上昇を上回る賃上げを普及・定着させる」とされていたとされる。与党内でも、財源を確保するのではなく、赤字国債の発行で賄う形で、消費減税を実施すべきとの主張が高まっていた。当初の原案はそれを明確に否定していたのである。
財源の裏付けのない形での消費減税は政府債務を一段と悪化させ、経済の潜在力を損ね、社会保障支出を不安定化させかねない。そのため、財源の裏付けのない消費減税に強く反対する自民党執行部と政府は、骨太の方針にその考えを明確に書き込むことで、与党内の消費減税議論を抑える狙いがあったと考えられる。
財政の健全化を重視する責任ある政党をアピールする
さらに、夏の参議院選挙に向け、財政の健全化を重視する責任ある政党であることを有権者にアピールする戦略でもあっただろう。安易な消費減税の実施は、将来世代も含めた国民の負担を高め、将来の成長期待の低下を通じて、企業の設備投資意欲を削ぐなど、経済の潜在力低下にもつながりかねない。
この点から、財源の裏付けがない減税政策を否定する一方、成長戦略の推進を目指す姿勢を骨太の方針に盛り込む姿勢は評価できた。
しかし6日に発表された原案では、「『減税より賃上げ』との基本的考え方の下、足元の賃金・所得の水準を前提として減税政策によって手取りを増やすのではなく、賃上げによって手取りが増えるようにする」と修正され、「財源の裏付けのない」との表現は削除された。自民党内で消費減税を主張するグループを過度に刺激しないようにする配慮がなされたとみられる。ただし、減税政策に対する否定的な表現は維持されており、財政健全化重視の姿勢が示されている点は、引き続き評価できる。
この点から、財源の裏付けがない減税政策を否定する一方、成長戦略の推進を目指す姿勢を骨太の方針に盛り込む姿勢は評価できた。
しかし6日に発表された原案では、「『減税より賃上げ』との基本的考え方の下、足元の賃金・所得の水準を前提として減税政策によって手取りを増やすのではなく、賃上げによって手取りが増えるようにする」と修正され、「財源の裏付けのない」との表現は削除された。自民党内で消費減税を主張するグループを過度に刺激しないようにする配慮がなされたとみられる。ただし、減税政策に対する否定的な表現は維持されており、財政健全化重視の姿勢が示されている点は、引き続き評価できる。
PB黒字化目標を修正した上で歳出・歳入一体改革や成長戦略の具体策を示すべき
財政健全化については、「金利のある世界において、我が国の経済財政に対する市場からの信認を確実なものとするため、財政健全化の『旗』を下ろさず、長期を見据えた一貫性のある経済財政政策の方向性を明確に示すことが重要である」とされた。そのうえで、「2025年度から2026年度を通じて、可能な限り早期の国・地方を合わせたプライマリー・バランス(PB)黒字化を目指す」としている。
これは、達成時期に幅を持たせながらも、2025年度にPB黒字化を目指すという従来の財政健全化の姿勢を維持することを示している。しかし実際には、2026年度にもPB黒字化を達成することはかなり難しいと考えられる。政府が本気で財政健全化に取り組むのであれば、現時点で、PB黒字化目標の達成時期を数年先送りしたうえで、それを確実に達成できるよう、歳出・歳入一体改革や成長戦略の具体策を示すのがより誠意のあるやり方ではないか。
他方で、「ただし、米国の関税措置の影響は不透明であり、その経済財政への影響の検証を行い、的確に対応すべきであり、必要に応じ、目標年度の再確認を行う」としている。この記述は、PB黒字化目標達成時期の先送りが不可避との認識を反映しているのではないか。そうであれば、できる限り早期に、新たな目標達成時期を設定した上で、その達成に向けた取り組みを開始して欲しいところだ。
これは、達成時期に幅を持たせながらも、2025年度にPB黒字化を目指すという従来の財政健全化の姿勢を維持することを示している。しかし実際には、2026年度にもPB黒字化を達成することはかなり難しいと考えられる。政府が本気で財政健全化に取り組むのであれば、現時点で、PB黒字化目標の達成時期を数年先送りしたうえで、それを確実に達成できるよう、歳出・歳入一体改革や成長戦略の具体策を示すのがより誠意のあるやり方ではないか。
他方で、「ただし、米国の関税措置の影響は不透明であり、その経済財政への影響の検証を行い、的確に対応すべきであり、必要に応じ、目標年度の再確認を行う」としている。この記述は、PB黒字化目標達成時期の先送りが不可避との認識を反映しているのではないか。そうであれば、できる限り早期に、新たな目標達成時期を設定した上で、その達成に向けた取り組みを開始して欲しいところだ。
債務残高対GDP比には注意
またその後に続く記述では、「『経済・財政新生計画』の期間(2025年度~2030年度)を通じて、その(PB黒字化の)取組の進捗・成果を後戻りさせることなく、PBの一定の黒字幅を確保しつつ、債務残高対GDP比を、まずはコロナ禍前の水準に向けて安定的に引き下げることを目指し、経済再生と財政健全化を両立させる歩みを更に前進させる」としている。財政健全化の姿勢を中期的に維持していく姿勢を示している点は評価できる。
この記述では、PB黒字化目標達成後の新たな目標を債務残高対GDP比とすることを示唆している。これについては問題ないが、留意したいのは、積極財政派は、PB黒字化目標をすぐにでも廃止して、債務残高対GDP比を新たな目標とするよう求めている。それは、足もとで債務残高対GDP比は既に低下しているからである。それを目標に変えれば、財政健全化の取り組みは必要ではない、との主張がしやすくなるからだ。
しかし本来、PBが赤字の下では上昇を続けるはずの債務残高対GDP比が足元で低下しているのは、物価高によって名目GDP成長率が一時的に上振れしているためだ。この先、日本銀行の金利引き上げが進めば、PBが赤字の下では務残高対GDP比は再び上昇に転じるだろう。
現時点では、債務残高対GDP比を財政健全化の目標に用いるのは適切ではなく、それを新たな目標として位置付けるのは、あくまでもPB黒字化が定着した後、とすべきだ。
この記述では、PB黒字化目標達成後の新たな目標を債務残高対GDP比とすることを示唆している。これについては問題ないが、留意したいのは、積極財政派は、PB黒字化目標をすぐにでも廃止して、債務残高対GDP比を新たな目標とするよう求めている。それは、足もとで債務残高対GDP比は既に低下しているからである。それを目標に変えれば、財政健全化の取り組みは必要ではない、との主張がしやすくなるからだ。
しかし本来、PBが赤字の下では上昇を続けるはずの債務残高対GDP比が足元で低下しているのは、物価高によって名目GDP成長率が一時的に上振れしているためだ。この先、日本銀行の金利引き上げが進めば、PBが赤字の下では務残高対GDP比は再び上昇に転じるだろう。
現時点では、債務残高対GDP比を財政健全化の目標に用いるのは適切ではなく、それを新たな目標として位置付けるのは、あくまでもPB黒字化が定着した後、とすべきだ。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。