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自民党が給付金を検討

自民党は、夏の参院選の公約に、物価高対策として国民一人当たり数万円の現金給付を盛り込むことを検討し始めた。物価高対策をめぐり、自民党の木原選挙対策委員長は、国の税収が増えた分を国民に還元する必要があるとして、現金給付を検討すべきだという考えを9日の講演会で示した。「国民が物価高で苦しんでいる時に、国の税収だけが伸びているのはおかしく、しっかり国民に還元していくことも大切だ。即効性、実効性のある給付を検討させてもらいたい」と述べている。
 
ちなみに、物価高による税収の上振れ分を国民に還元する、という考え自体は問題だろう。巨額の財政赤字が存在するもとでは、税収の上振れ分は赤字削減に回すべきだ。物価高によって実質増税が生じてしまうインフレタックスの問題には、課税最低限や税率区分を物価に連動させるなどの制度の見直しで対応すべきだ。

給付金は一人当たり2~3万円、総額2.5兆円~3.8兆円か

政府・与党は今年4月に、トランプ関税や物価高への対策として、国民一律3万~5万円の現金給付を一時検討したが、「バラマキ」などとの批判があることなどを踏まえ見送った。
 
その後、野党と同様に与党内でも消費税減税を求める声が強まったが、財政環境への悪影響に配慮して、自民党幹部および石破内閣は消費税減税に反対を続け、最終的に与党内の意見を抑え込んだ形だ。
 
しかし、参院選で訴える「目玉」がないとの不満が与党内で高まったことから、自民党幹部および石破内閣も、給付金の実施を検討し始めたとみられる。
 
ただし石破内閣は、赤字国債の発行に頼る形での景気対策を否定していることから、この給付金は財源が確保できる範囲内とする必要がある。そのため、4月に検討していた給付金よりも規模を抑える可能性が考えられる。現時点では税収の上振れ分を給付金の財源に充てる考えだ。
 
昨年7月に発表された2023年度決算で、税収は当初見通しを2.5兆円上回った。税収の上振れの最大の要因は物価高とみられるが、物価の上振れ傾向は足元まで続いている。この点を踏まえ、給付金の規模は一人当たり2~3万円、総額2.5兆円~3.8兆円と推測される。

一人当たり3万円でGDPを0.16%押し上げ

5兆円の給付金は実質GDPを1年間で0.21%程度押し上げると試算される(図表)。今回の給付金が一人当たり3万円、総額3.8兆円となる場合には、実質GDPの押し上げ効果は1年間で+0.16%となる。

一時的な給付金は貯蓄に回る割合が高いことから、実質GDPの押し上げ効果、つまり景気対策の効果としては大きくない。しかし重要なのは、現在の景気情勢は軟調ながらも比較的安定した状態にあることから、景気対策が必要な状況とは言えない。
 
そうした中で給付金を実施する意義があるとすれば、景気浮揚ではなく、コメの価格高騰などで生活が圧迫されている低所得者層の生活を支えるということだ。
 
図表 総額5兆円の給付金と各種減税策の経済効果の比較

低所得者に限定した給付とすべき

この点から、所得制限を設定し、低所得者に限定した給付とするのが望ましい。所得制限を設ければ、総額が同じであっても物価高で生活が厳しい人により多くの給付を行うことができる。他方、生活に余裕のある人に給付しても、貯蓄に回るだけであり、政策としての意味は薄い。
 
政策を迅速に打ち出すために所得制限を設けるべきではないとの意見はいつも出るが、住民税非課税世帯を対象とするのであれば、長い時間をかけずに給付が可能だろう(金融資産を多く保有する高齢者などが給付の対象になる、という問題は残る)。
 
現在は景気対策が必要な局面とは言えない。そうした中で検討に値する政策は、物価高によって生活が圧迫された低所得層を支援する施策だ。この点から、所得制限付きの給付金であれば、正当化されるだろう。
 
少なくとも、財源を確保しない形での消費減税よりは評価できる政策だ。物価高という一時的な現象に対する対策は、一時的な財源を確保した上で実施する給付金のような物価高対策であるべきだ。恒久的に財政環境を悪化させかねない消費減税のような恒久措置は適切ではない。

(参考資料)
「自民 木原選対委員長 物価高対策で“現金給付を検討すべき」、2025年6月9日、NHK
「現金1人数万円給付、自民が参院選で公約に…「所得5割増」「GDP1000兆円」目標も」、2025年6月10日、読売新聞速報ニュース
「参院選2025:与党、現金給付検討 所得制限なし 一律数万円 参院選公約に」、2025年6月10日、毎日新聞

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。