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7月9日の相互関税の上乗せ部分の停止期限を延長する方針

トランプ米政権のベッセント財務長官は11日の議会下院の公聴会で、米国との貿易交渉に誠実に取り組んでいる貿易相手国については、相互関税の上乗せ部分の停止期限を7月9日以降に延長する可能性が高い、と述べた。
 
相互関税の上乗せ部分については、5月9日の発動から半日後に、90日間の停止が決定された。その停止期間は7月9日に終了する。この間、トランプ政権は2国間交渉を通じて相互関税の上乗せ部分を協議してきたが、現時点で合意に至ったのは、英国と中国の2か国のみである。
 
トランプ政権は、米国が大きな貿易赤字を抱える主要な18か国・地域を中心に、2か国関税協議を進めているが、対象となるのはこの18か国・地域の多くとみられる。ベッセント財務長官は、「(18か国・地域の)重要な貿易相手があり、私たちはこれらの国々とのディール(取引)に取り組んでいる」「誠実に交渉している国や貿易圏については、交渉継続のために期限を延長する可能性が高い。交渉しない国については、そうはしない」と語っている。
 
ベッセント財務長官は、誠実に交渉している貿易相手国・地域の具体例として、欧州連合(EU)を挙げたが、日本などもその対象に含まれるとみられる。
 
日米関税協議で両国は、7月9日の相互関税上乗せ部分の停止期限を念頭に置き、今月の日米首脳会談での合意を目指してきたとみられるが、停止期限が延期されるのであれば、無理に日米首脳会談での合意を目指す必要が薄れるため、合意時期は先送りされる可能性が高まっているのではないか。

相手国に対して一方的に関税率を設定する考えも

一方、トランプ大統領は11日に、7月9日の相互関税上乗せ分の一時停止の期限より前に、相手国に対して一方的に関税率を設定し、「今後おおよそ1週間半か2週間以内」に各国・地域に書簡を送ると述べた。これは、ベッセント財務長官が示唆する18か国・地域のうち誠実に交渉をしている国・地域以外が対象になるとみられる。日本はその対象とならない可能性が高い。
 
ただし、それが実行されるかどうかはまだ分からない。5月16日にもトランプ大統領は、「今後2-3週間以内」に米国の貿易相手国・地域に対する関税率を設定すると発言していたが実行されなかったからだ。

行き詰まりを見せるトランプ関税政策

いずれにせよ、トランプ政権の関税政策は迷走を続けている印象が強い。当初打ち出した相互関税については、金融市場の安定に配慮して、上乗せ部分の90日間の一時停止を余儀なくされた。報復の応酬によって極めて高い水準まで上昇した米中間の関税率については、中国のレアアース輸出規制に困ったトランプ政権が輸出規制解除を条件として関税率を大幅に引き下げることを受け入れ、合意が成立した。その後再燃した米中対立でも、トランプ政権が呼びかける形で再度合意の履行を確認した。
 
ただし、報道によれば、中国側が確認したレアアース輸出規制解除も6か月間の期限付きとされる。米中貿易戦争の主導権は、米国から中国に移ってきている。さらに、米国際貿易裁判所がトランプ政権の一律関税、相互関税について違憲判決を示すなど、司法の壁も立ちはだかるようになり、トランプ政権の関税政策は行き詰まり感を強めている。
 
相互関税の上乗せ部分の交渉は延長される方向だが、最終的にはトランプ関税がもたらす経済への悪影響を懸念する米企業・国民の反発を受けて、秋頃までにもトランプ政権は自ら関税率を縮小させると見ておきたい。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。