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イスラエルがイランを空爆したことを受け、13日の東京市場ではリスク回避の動きが一気に強まった。日経平均株価は一時600円以上下落した。安全通貨である円が買われ、安全資産の国債も買われた。財政環境の悪化やインフレリスクを警戒し不安定な動きを続けていた米国国債もリスク回避の流れの中で買われ、長期金利は低下している。リスク回避の代表的な商品である金の価格も高騰している。
 
WTIの価格は前日の1バレル68ドル台から一時77ドル台まで10%以上上昇した。中東情勢の緊迫化と原油価格上昇は、トランプ関税の影響で下振れ傾向を強める世界経済にとって新たなリスクとして浮上してきた。日本にとっては、物価高による個人消費低迷をさらに助長する要因ともなりかねない状況だ。
 
以下では、今後の中東情勢と原油価格について3つのシナリオを設定し、それぞれのケースで日本経済に与える影響を試算した(図表)
 
図表 中東情勢の緊迫化と原油価格上昇の日本経済への影響のシナリオ別試算

第1のケースは、イランとイスラエルの軍事対立が早期に沈静化へと向かい、WTIの価格は現状の75ドル/バレル程度の水準が維持されるというものだ。第2のケースは、昨年4月および10月のように、両国間で報復の応酬がしばらく続くものの、両国ともに事態の決定的な悪化を望まず、抑制された対立にとどまるというものだ。この場合、WTIの価格は昨年4月のピークである87ドル/バレル程度まで上昇するとした。第3のケースは、両国の対立が加速度的に激化していき、ホルムズ海峡封鎖のリスクなど、原油価格の供給に深刻な打撃が及ぶリスクが高まるというものだ。この場合、WTIの価格は、ロシアによるウクライナ侵攻直後のピークである2022年3月の120ドル/バレル程度まで上昇するとした。
 
それぞれのケースで、原油価格上昇(足もとの底値60ドル/バレルからの変化率で計算)が日本経済に与える影響を、内閣府の「短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)」のシミュレーション結果を用いて計算した。第1のケースでは、1年後までの実質GDPが累積で0.15%低下、第2のケースでは0.27%低下、第3のケースでは0.60%低下となった。
 
もちろん事態の悪化の程度次第によっては第3のケース以上に原油価格が上昇する可能性も出てくるだろう。軍事的な対立の激化は回避されても、リスクが残り、そのため、足元で上昇した原油価格の水準が維持されるケースでも、日本経済への打撃は相応に残る。
 
また第3のケースでは、円安修正によって先行き沈静化の兆しが見え始めている日本の物価情勢が再び悪化してしまい、個人消費の低迷が深まる可能性がある。その場合に試算される1年間で0.60%の実質GDP押し下げ効果は、現状でのトランプ関税の実質GDPへの約0.47%の押し下げ効果に匹敵する規模の悪影響が、日本経済に新たに加わってくることを意味する。日本経済の先行きに、不安の種は尽きない状況だ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。