&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

イスラエルとイランの暫定停戦のニュースで原油価格は急落

トランプ大統領は米国時間23日に、イスラエルとイランが暫定的な停戦に合意した、と自身のSNSに投稿した。まずはイスラエルが戦闘を停止し、その後にイランが戦闘を停止すれば、日本時間の25日にも戦闘は終結するとした。
 
現時点で、イスラエルとイランの両国から、この停戦合意について正式な発表はない。ただしロイター通信は、米国から提案されたイスラエルとの暫定停戦に合意した、とのイランの高官の発言を報じている。
 
暫定停戦のニュースを受けて、原油市場では原油価格が大幅に下落している。WTIの価格は一時、1バレル64ドル台まで低下した。米国時間22日の米国によるイラン核施設攻撃後にはWTIの価格は一時1バレル77ドル台に乗せたことから、1日のうちに10ドルを超える大幅下落となった。イスラエルとイランの交戦が始まった米国時間12日以前の水準まで原油価格は下落している。
 
米国時間23日にイランが中東カタールの米国空軍基地に対してミサイル攻撃を行った際に、既に原油価格は下落に転じていた。米国によるイランの核施設攻撃に対するイランの報復攻撃が限定的なものであり、市場がこの先事態は悪化しないとの見方を強めたためだ。
 
原油価格の下落を受けて、24日の東京市場にも大きな変化が生じている。米国のイラン核施設攻撃を受けて、円安ドル高が進み一時1ドル148円台を付けたが、足もとでは145円台まで円安が修正されている。日経平均株価も上昇しており、23日の原油高、円安、株安、債券高(長期金利低下)の流れは、原油安、円高、株高、債券安(長期金利上昇)の流れに180度転換している。

なお残るホルムズ海峡の事実上の封鎖リスク

このまま両国の暫定停戦が成立すれば、中東情勢の緊迫化は一服となるだろう。しかし、中東情勢のリスクがこれで大きく後退したとは言えないだろう。トランプ大統領が提案、仲介する停戦は、ガザ地区にしても、ロシアとウクライナにしても明確に失敗している。
 
さらに、暫定停戦はイスラエルとイランの間のもので、米国とイランとの間で成立したものではない。米国時間22日にトランプ政権が初めてイランの本土を攻撃したことは、海外での戦闘に関与しないというトランプ政権の方針を大きく覆すものだ。イランとの交渉の中で、イランが核開発をやめる気がない、との感触を得たことでトランプ政権は攻撃を決めたと考えられる。イランの核開発を止めるためであれば直接攻撃を辞さなかった、いわば大きく一線を超えた歴史的な決定だった。
 
さらに、今回の攻撃によってイランの地下の核施設に与えた影響は明らかではない。トランプ政権は引き続き、イランの核開発を阻止するために軍事力の行使を辞さない姿勢なのではないか。イランも米国との闘いを続けるだろう。軍事力で米国に大きく劣るイランは、原油価格上昇を通じて米国の経済や政治を揺さぶること以外に、有力な対抗手段を持っていない。トランプ大統領がイランの体制転換を狙っていることを示唆している中、イランが米国の軍事的圧力に簡単に屈するとは考えにくい。
 
こうした点から、イランがホルムズ海峡の事実上の封鎖を実行し、それによる原油価格の高騰が米国のみならず世界経済に打撃を与えるリスクはなお残されているのではないか。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。