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パウエル議長は利下げ慎重姿勢を堅持も金融市場は利下げ観測を強める

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は24日に、議会下院の委員会で証言を行った。パウエル議長は、「関税の引き上げは今年、物価を上昇させ経済活動を圧迫する可能性が高い」などと述べ、早期の利下げに慎重な姿勢を改めて強調した。
 
トランプ大統領はパウエル議長に対する個人攻撃を行い、利下げを強く求めている。それは不当な政治介入であり、それに抵抗する姿勢をパウエル議長が示すことは、金融政策の信認、そして通貨の信認にはプラスの効果をもたらしているものと評価したい。
 
ただし、金融市場は足もとで利下げ期待を強めている。それは、他のFRB高官の発言によるものだ。ボウマン副議長(金融監督担当)は23日に、労働市場へのリスクが高まっている可能性を指摘した上で、「インフレ圧力が抑制されたままであれば、政策金利を中立水準に近づけ、健全な労働市場を維持するため、早ければ次回会合で利下げを支持する」と述べた。つまり次回7月の利下げを示唆したのである。
 
ウォラー理事も20日のインタビューで「早ければ7月にそれ(利下げ)をするかもしれない」と述べた。実際には、7月29日、30日の次回米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げが実施される可能性は低いと考えられるが、最短では9月の利下げの可能性を金融市場はより意識し始めている。
 
米国時間23日の米国によるイランの核施設攻撃後に原油価格が急騰したが、イスラエルとイランの停戦合意への期待から翌日には原油価格が急落した。このことも、FRBの利下げ観測を強める要因となっている。
 
さらに、米国時間24日にコンファレンス・ボードが発表した6月の消費者信頼感指数は5.4ポイントと大幅に低下し93.0となった。事前予想の平均値は100.0程度だった。雇用見通しの悪化などが背景にある。他方、1年後のインフレ期待は6.0%と、5月の6.4%から低下し、FRBの利下げ観測を後押しした。

政策金利の水準は景気抑制的でいずれ利下げは再開へ

トランプ関税は、米国の物価上昇率を高める一方、景気の下振れリスクも同時に高める。中東情勢の緊迫化による原油価格上昇も同様に、インフレリスクと景気下振れリスクを同時に高める。物価の安定と雇用の極大化の2つを使命とするFRBにとって、景気下振れと物価上振れのリスクが同時に高まる事態が生じると、金融政策を動かしにくいことになる。
 
それでは、トランプ関税が縮小方向に転じる、あるいは関税による物価上昇リスクが小さいことを確認できた場合でも、双方のリスクが同時に低下することから金融政策は様子見を続けるのかと言えば、そうでないだろう。
 
その際の金融政策判断に影響を与えるのは、現在の政策金利が景気抑制的な水準にあるかどうか、という点である。FOMC参加者の予測によれば、政策金利の中長期の見通しの水準、つまり経済に中立的な水準の予測値(中央値)は3.0%と、現在の政策金利の4.25%~4.5%よりも1.25%~1.5%も高いのである。
 
そのため、トランプ関税による物価上昇リスクが大きくないことが確認できれば、FRBは中立水準に向けた政策金利の引き下げを速やかに再開することになるだろう。
 
パウエル議長は経済指標に基づいた、透明性の高い金融政策運営方針を維持する考えであり、今後発表される経済指標をしっかりと見極める姿勢である。実際には、経済指標を完全に見極める前に、金融市場は比較的早期の利下げ観測をさらに強めていく流れとなるだろう。
 
それでもパウエル議長には、経済指標などの客観的なエビデンスに基づく金融政策運営を続け、トランプ大統領の不当な政治介入に対して毅然とした態度を維持して欲しい。それは、米国金融市場の安定、基軸通貨としてのドルの信認維持に貢献するだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。