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政策委員の中から早期利上げの検討を求める声はなかったか

6月25日に、日本銀行は6月16、17日に開催された「金融政策決定会合における主な意見」を公表した。

その中で最も注目したいのは、金融政策に関する記述がかなり少なかったことだ。「金融政策運営に関する意見」のパートでは、合計17のコメントが掲載された。9人の政策委員1人あたり2つ程度のコメントが掲載された計算だ。

ところが、そのうち政策金利に関わるコメントは5つであり、残りの12は長期国債買い入れの減額に関するものだった。また、政策金利に関わるコメント5つのうち4つについては、対外公表文や総裁記者会見の内容を踏襲するものであり、1つだけが「物価が上振れているため、利上げを進めるべき」、というタカ派的なコメントだった。

4月の米国の相互関税発表と金融市場の混乱を受けて、日本銀行は5月の金融政策決定会合で、「基調的な物価上昇率の改善が足踏み」として、事実上の利上げ一時停止宣言を行った。

ただしそれ以降、金融市場は短期間で安定を取り戻し、また5月には米中間で関税率の大幅引き下げが実現した。さらに、経済・物価環境が著しく悪化したことを示す経済指標は国内外ともに見られていない。こうしたもとでは、政策委員の中から早期利上げの検討を求める声が多く出てもおかしくないところだ。

しかし実際には、6月25日の講演会テキストにも示されたように、そうした主張をしたのは田村委員だけであった可能性がある。

対外公表文や総裁記者会見で示された「不確実性が極めて高い」とのフレーズは、現時点で利上げは視野に入っていないことを示すキーワードとなっているだろう。当面の金融政策については、執行部の意見に大半の審議委員も足並みを揃えているように見える。

利上げ実施は最短では10月の会合と考えられるが、植田総裁の、「今年後半はトランプ関税の影響を見極める」といったニュアンスの発言からは、利上げ時期は早くて年末あるいは年明けと読むことも可能だろう。筆者は今年12月の利上げを現時点でメインシナリオとしている。

日本銀行の最適なバランスシートの大きさについてのコメント

他方、長期国債買い入れの減額については多くのコメントが掲載されたが、それも会合での決定内容や総裁の説明を踏襲するものが多い。それは、「長期金利の形成は市場に任せるのが原則」、「国債市場機能改善と金利の安定のバランスをとる」、「国債買い入れの減額を続けるが、減額ペースはより緩やかにする」などといったものだ。

特に注目されたのは、「最適なバランスシートの大きさについて、資産・負債の両面から考えていく必要がある」とのコメントだ。資産側では、日本銀行の国債保有が国債市場の機能や安定性に与える影響、負債側では超過準備の水準が銀行システムの安定性に与える影響などを多角的に検討したうえで、いずれは日本銀行が最適なバランスシートの規模を決める、言い換えれば、保有する国債残高の削減をどこまで進めるかについて決め、市場に説明することが必要となる。

先行き、毎月の国債買い入れ額の下限が決まれば、その後に日本銀行が決める必要があるのは、保有する国債残高の削減をどこまで進めるかとなる。

毎月の国債買い入れ額の下限については、「今後、例えば月間の国債買入れ額が 1兆円程度にまで減少すれば、日本銀行の動きが市場で話題になることもなくなるのではないか。買入れ額をゼロにすることに強く拘ることは不要と考えている」というコメントがあった。

日本銀行が月間の国債買入れ額を1兆円程度まで削減すれば、日本銀行の国債買い入れ減額策が国債市場に与える影響が小さくなる、との主旨と読めるが、本当にそうだろうか。月間の国債買入れ額を1兆円程度まで削減すれば、金融市場は更なる削減の有無に強い関心を示し、その観測が国債市場を大きく動かす可能性もあるだろう。

国債買入れ額をゼロにすることが日銀内で議論されているのか

後半の「買入れ額をゼロにすることに強く拘ることは不要と考えている」とのコメントは興味深い。このようなコメントをしているのは、決定会合などで「買入れ額をゼロにする」ことが議論されていることを意味するからだ。

仮に、国債買入れ額をゼロにし、保有国債残高が償還見合いで急速に削減されることを日本銀行の執行部が検討しているのだとすれば、それは、現在の市場のコンセンサスとは異なるだろう。恐らく、月間の国債買入れ額は1兆円~2兆円が下限、と言うのが市場のコンセンサスなのではないか。

日本銀行は、月間の国債買入れ額をどこまで減らすのか、保有国債残高をどこまで減らすのかは、長期金利の水準に大きな影響を与える、国債市場の重要な関心事だ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。