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米上院が「ステーブルコイン」の規制整備に関するGENIUS法案を可決

米上院は6月17日に、ドルなどの法定通貨や商品(コモディティ)と価値が連動するように設計された暗号資産(仮想通貨)「ステーブルコイン」の規制整備に関する法案を可決した。法案審議の場は下院に移った。同法案はステーブルコインの発行や利用に関する新しいガイドラインを定めたものと言え、GENIUS法案(Guiding and Establishing National Innovation for US Stablecoins Act)と呼ばれる。
 
米議会がステーブルコインの規制整備に乗り出した背景には、トランプ政権が暗号資産を強く支援していることがある。さらに、決済手段としてのステーブルコインの利用が広がり、銀行、小売業の間でもステーブルコイン発行に前向きな姿勢がみられる中、規制を通じてステーブルコインの健全な発展を促す狙いがある。
 
さらにトランプ政権内では、ドルに連動したステーブルコインの国際決済での利用を促すことで、ドルの通貨覇権を維持する狙いもある。米政府と議会によるステーブルコインの推進は、米国が中銀デジタル通貨(CBDC)、いわゆるデジタルドル発行と距離を置く意味もあるとみられることから、日本も含め、世界のCBDC発行の議論に影響を与えることは避けられない。

ステーブルコイン発行者は準備資産の保有が義務付けられる

同法案では、連邦あるいは州の当局が認可したステーブルコイン発行者に対し、銀行口座や短期の米国債などの流動性の高い資産をコイン発行量に相当する準備資産として保有することを義務付ける。裏付け資産がない「無担保型」ステーブルコインのテラUSDが2022年に暴落したが、そうしたタイプのステーブルコインの発行は認められない。
 
発行者は、ステーブルコインの準備資産の詳細について、毎月開示することも義務付けられる。100億ドル以上の大規模な発行体には、公的機関による規制監督の対象となり、それ以下の規模の発行体は、州当局の規制下での運営が認められる。
 
発行者は毎月、準備金の状況を公表することが求められ、またマネーロンダリング(資金洗浄)防止の法律にも従う必要がある。時価総額が500億ドルを超える発行者は、年に一度、監査を受けた財務報告書を提出しなければならない。
 
また、外国のステーブルコイン発行者が米国で事業を行う場合には、米財務省から海外で米国と同等の規制下にあるとの判断を受ける必要がある。マネーロンダリングなどの対策では、発行者は金融犯罪防止を目指した「銀行秘密法」の適用を受け、取引の記録保持や疑わしい活動の監視・報告を求められる。

銀行と非金融企業、暗号資産取引所などが激しく争う構図に

こうした法整備を睨んで、米小売り大手のウォルマートやアマゾン・ドット・コムなどが、買い物などに使える米ドル連動のステーブルコイン導入を検討し始めている。旅行会社のエクスペディア・グループや航空会社なども、ステーブルコインの発行について議論しているという。
 
決済でのステーブルコインの利用が進み、それがクレジットカードを代替していけば、銀行にとってはクレジットカード決済の手数料収入が減少し、収益が圧迫される可能性がある。他方、銀行も対抗策として共同でステーブルコインの共同発行を検討しており、ステーブルコインを巡る銀行と非銀行の間での競争が激しくなる可能性もある。
 
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、JPモルガンやバンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴといった大手銀行が共同でステーブルコインの発行を検討している。ステーブルコインを用いて、内外の送金や決済の迅速化やコスト削減を進め、顧客の利便性向上につなげる。
 
決済インフラの主導権が暗号資産関連企業に流れてしまうことを警戒し、大手金融機関自らがステーブルコインに参入することで、企業間決済やキャッシュレス決済の中核インフラとしての地位を守り抜く狙いもあるだろう。
 
この領域では、銀行と非金融企業、暗号資産取引所などが入り乱れた競争となることが予想され、銀行が支配してきた資金決済の構図は大きく変わる可能性があるだろう。

(参考資料)
「米上院、暗号資産規制法案を可決=「ステーブルコイン」普及見据え」、2025年6月18日、時事通信ニュース
「ステーブルコイン、不安定要因となる可能性」、2025年6月17日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
「ウォルマートやアマゾン、ステーブルコイン導入検討 金融機関の脅威に」、2025年6月14日、日本経済新聞電子版
「米銀大手、ステーブルコインの共同発行を検討 米報道」、2025年5月24日、日本経済新聞電子版
「米上院、画期的なステーブルコイン規制法案を可決…すべての投資家が知っておくべき5つのこと」、2025年6月20日、Business Insider Japan

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。