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給付金と消費税減税の優劣を問う構図に

7月3日に参院選が公示される。投開票は7月20日となる。今回の参院選は、政権の枠組みの修正につながる可能性がある、いつになく重みのあるものだ。
 
経済政策では、物価高対策として与党が公約に掲げる給付金と、野党が公約に掲げる消費税減税との優劣を国民に問う構図となっている。しかしそれは議論が矮小化されていると感じられる。本来期待されるのは、将来の国家像を踏まえた骨太の成長戦略を各党が競うことではないか。
 
給付金は足もとの物価高へのごく短期的な対応策に過ぎない。消費税減税は物価高対策との位置づけとなっているが、長きにわたる個人消費の低迷に終止符を打つ狙いから消費税減税を支持する声が少なくない。立憲民主党は、食料品の消費税率を原則1年間ゼロにする公約を掲げているが、再び税率を元の水準に戻すことは難しく、時限的な消費税減税は恒久的となりやすい。
 
消費税減税による景気浮揚効果は一時的なものである一方、そのコストは非常に大きく、費用対効果が小さい政策なのではないか。そのコストの代表が、社会保障費の基礎的財源を大きく損ね、また財政赤字、政府債務を拡大させて、やや長い目で見れば経済の潜在力を低下させてしまう可能性があることだ。

易きに流れずに成長戦略、構造改革に地道に取り組む

個人消費の低迷や将来に向けた明るい展望が持てない状況が長年続いてきた原因は、労働生産性上昇率の低迷を背景にした実質賃金上昇率(見通し)の下振れにある。これを解決するには、企業の設備投資を促すような中長期の成長期待の引き上げや、労働生産性を向上させる取り組み、いわゆる成長戦略、構造改革に地道に取り組むこと以外ないのではないか。
 
経済・生活環境の改善を狙って、国民は簡単な手段を選択する方向に傾きやすい。いわば「易きに流れやすい」のである。日本銀行が積極的な金融緩和を行えばデフレを脱却できる、政府が積極財政を行えば成長率は持続的に高まる、円安で物価高傾向が高まれば個人消費は回復する、といった近年の主張は、いずれも誤りであったことが次々と証明されている。
 
消費税を減税すれば経済や国民生活が一気に良くなる、との主張もこうした流れの中にあるのではないか。消費税を減税あるいは廃止するだけで日本経済が活力を取り戻すのであれば、そんなに簡単な話はなく、そうした主張は多くの国民にとっては魅力的なのだろう。しかし、実際にはそのようなことは起こらないと思われる。そうした甘い期待、幻想を有権者に植え付けるのは問題だ。

名目GDP、所得目標を達成する具体策が重要

さて、各党が公約で示す中長期的な経済政策や目標を確認すると、自民党は2040年までに名目GDPを1,000兆円にし、平均所得を5割以上アップさせる。実質1%、名目3%の賃金上昇率を達成し、2030年度に賃金の約100万円増を目指すとしている。国民民主党は2035年に名目GDP1,000兆円の達成を目指すとしている。
 
名目値であるGDP、所得の目標には問題がある。現在のように物価上昇率が高まれば名目GDPや名目所得は増加し、その目標は達成しやすくなるが、実質GDPや実質所得が高まらないと国民生活にはプラスにならないからだ。
 
この点から自民党が掲げる実質1%の賃金上昇率という目標は評価できるが、それをどうやって達成するかといった処方箋が示されてない点が問題だ。現在、実質賃金上昇率のトレンドは年間+0%台半ば程度であると見られるが、それを+1%程度にするには、同じくトレンドが+0%台半ば程度であると見られる労働生産性上昇率を+1%程度にまで引き上げることが必要だ。

日本経済の活力を取り戻すための最適な成長戦略、構造改革を競う問う場に

その具体策、いわゆる成長戦略、構造改革を示して欲しい。そして、将来の日本経済をどのようなものにするのかという国家観を提示した上で、それを達成する成長戦略、構造改革の優劣を各党間で競って欲しい。
 
石破首相は、少子化対策、東京一極集中の是正と結びついた地方創生を掲げている。自民党の公約でもその具体策を提示して欲しかった。さらに、労働生産性向上には、政府の労働市場改革が必要であり、それが成果を挙げるためには俸給制度のジョブ型への転換やリスキリングの拡大など、企業や労働者の取り組みも合わせて必要となる。
 
政治だけに任せるのではなく、有権者も関わる形で取り組む、日本経済の活力を取り戻すための最適な成長戦略、構造改革を競う問う場として、選挙を位置付けるべきだ。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。