TSMCの熊本工場は大きな経済効果を生む
米ウォールストリート紙は7月4日に、半導体受託生産で世界最大手のTSMC(台湾積体電路製造)が、米国での投資を優先するために日本での第2工場の建設を延期する方針、と報じている。同社からの正式な説明はない。
TSMCがソニーグループなどとともに2022年4月に着工した熊本工場の投資額は、約1兆2,700億円にのぼる。単独の工場としては、九州で過去に類を見ない規模の事業だ。TSMCの進出決定後、三菱電機や京セラなど製造業大手も、次々と九州で半導体拠点の新増設を計画した。
九州フィナンシャルグループは、TSMCの進出に伴う熊本県への経済波及効果が10年間で6.8兆円に達するとの試算をまとめ、「100年に1度の規模」とその大きさを強調した。また九州経済調査協会は、TSMCを含む九州の半導体産業の設備投資によって、10年間の経済波及効果が約20兆円にもなる、という推計を公表している。
第1工場は2024年2月に完成した。さらに、TSMCは県内に第2工場を建設すると発表し、2027年末までの生産開始を目指すとした。第2工場では、第1工場よりも先端の回路線幅6ナノ(10億分の1)メートルなどの先端半導体を製造する計画だ。第2工場への総投資額は約1兆6,900億円と見込まれ、第1工場と合わせて約2兆9,600億円に達すると見積もられた。2つの工場で3,400人以上の雇用が生まれるとされた。
TSMCがソニーグループなどとともに2022年4月に着工した熊本工場の投資額は、約1兆2,700億円にのぼる。単独の工場としては、九州で過去に類を見ない規模の事業だ。TSMCの進出決定後、三菱電機や京セラなど製造業大手も、次々と九州で半導体拠点の新増設を計画した。
九州フィナンシャルグループは、TSMCの進出に伴う熊本県への経済波及効果が10年間で6.8兆円に達するとの試算をまとめ、「100年に1度の規模」とその大きさを強調した。また九州経済調査協会は、TSMCを含む九州の半導体産業の設備投資によって、10年間の経済波及効果が約20兆円にもなる、という推計を公表している。
第1工場は2024年2月に完成した。さらに、TSMCは県内に第2工場を建設すると発表し、2027年末までの生産開始を目指すとした。第2工場では、第1工場よりも先端の回路線幅6ナノ(10億分の1)メートルなどの先端半導体を製造する計画だ。第2工場への総投資額は約1兆6,900億円と見込まれ、第1工場と合わせて約2兆9,600億円に達すると見積もられた。2つの工場で3,400人以上の雇用が生まれるとされた。
日本の経済安全保障上極めて重要な国策プロジェクト
このプロジェクトは、政府の強い支援によって進められている、いわば国策である。政府は、第1、第2工場に合計で1兆2,000億円程度を補助する見通しだ。総投資額の約4割は国費で賄われることになる。
日本は、国内で作ることができない先端半導体の多くを、台湾からの輸入に依存している。しかし、台湾有事が起こり、台湾が海上封鎖されるような事態となれば、先端半導体の調達が難しくなり、自動車部品、携帯電話、液晶パネル、医療用機器、ロボットなどの生産に大きな支障が生じ、経済の大きな混乱は避けられない。
そうした事態を回避する狙いから、TSMCによる先端半導体の国内生産を、政府は強く支援しているのである。重要物資である半導体のサプライチェーンを確保する取り組みは、経済安全保障政策の一環に他ならない。
日本は、国内で作ることができない先端半導体の多くを、台湾からの輸入に依存している。しかし、台湾有事が起こり、台湾が海上封鎖されるような事態となれば、先端半導体の調達が難しくなり、自動車部品、携帯電話、液晶パネル、医療用機器、ロボットなどの生産に大きな支障が生じ、経済の大きな混乱は避けられない。
そうした事態を回避する狙いから、TSMCによる先端半導体の国内生産を、政府は強く支援しているのである。重要物資である半導体のサプライチェーンを確保する取り組みは、経済安全保障政策の一環に他ならない。
トランプ関税政策によって他国からの投資が阻害された世界で最初の大きな事例か
魏哲家・会長兼最高経営責任者(CEO)は6月に、熊本工場の近隣の交通渋滞が深刻化したため、若干の遅れが生じると述べていた。関係者によると、第2工場のさらなる遅延は避けられず、建設開始の時期を正確に予測できなくなったという。
一方で、米国での投資計画を急いでいる。今年3月に魏氏はホワイトハウスを訪問して、すでに発表済みの650億ドルの投資に加え、今後数年間で少なくとも1,000億ドルの追加投資を行う計画を発表した。
TSMCのアリゾナ工場は、アップル、エヌビディア、AMDなどの米ハイテク企業向けに最先端の半導体を生産するために設計された、台湾以外では唯一の施設である。トランプ政権は半導体の追加関税を導入する考えを示しており、それに備えて米国での生産能力拡大を優先する姿勢をTSMCが強めている可能性がある。
さらに、TSMCの米国投資拡大計画は、米国の半導体生産が台湾に奪われたと主張するトランプ大統領の不満を和らげ、台湾有事の際の米国の関与、支援を確保するための国家戦略の一環、との側面もあるだろう。
こうした点を踏まえると、TSMCが資源投入を米国投資に優先し、熊本での第2工場建設のスケジュールを遅らせているとしても、それは仕方ないことでもある。しかし、TSMCの投資は、日本の経済安全保障上、極めて優先順位が高いプロジェクトだ。この報道が正しいとすれば、それは日本にとっては大きな痛手であり、トランプ関税政策によって他国からの投資が阻害された、世界で最初の大きな事例となるのではないか。
(参考資料)
“TSMC to Delay Japan Chip Plant and Prioritize U.S. to Avoid Trump Tariffs(台湾TSMC、熊本第2工場建設を延期へ 米国投資を優先)”, Wall Street Journal, July 4, 2025
一方で、米国での投資計画を急いでいる。今年3月に魏氏はホワイトハウスを訪問して、すでに発表済みの650億ドルの投資に加え、今後数年間で少なくとも1,000億ドルの追加投資を行う計画を発表した。
TSMCのアリゾナ工場は、アップル、エヌビディア、AMDなどの米ハイテク企業向けに最先端の半導体を生産するために設計された、台湾以外では唯一の施設である。トランプ政権は半導体の追加関税を導入する考えを示しており、それに備えて米国での生産能力拡大を優先する姿勢をTSMCが強めている可能性がある。
さらに、TSMCの米国投資拡大計画は、米国の半導体生産が台湾に奪われたと主張するトランプ大統領の不満を和らげ、台湾有事の際の米国の関与、支援を確保するための国家戦略の一環、との側面もあるだろう。
こうした点を踏まえると、TSMCが資源投入を米国投資に優先し、熊本での第2工場建設のスケジュールを遅らせているとしても、それは仕方ないことでもある。しかし、TSMCの投資は、日本の経済安全保障上、極めて優先順位が高いプロジェクトだ。この報道が正しいとすれば、それは日本にとっては大きな痛手であり、トランプ関税政策によって他国からの投資が阻害された、世界で最初の大きな事例となるのではないか。
(参考資料)
“TSMC to Delay Japan Chip Plant and Prioritize U.S. to Avoid Trump Tariffs(台湾TSMC、熊本第2工場建設を延期へ 米国投資を優先)”, Wall Street Journal, July 4, 2025
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。