日本維新の会と国民民主党が社会保険料引き下げを掲げる
今回の参院選挙では、可処分所得(手取り)を増やすという観点から、給付金や消費税減税に加えて、社会保険料の引き下げを公約に掲げる政党があり、争点の一つとなっている。
日本維新の会は「社会保険料を現役世代1人当たり年6万円引き下げる」ことを公約に掲げている。その財源を確保するために、「国民医療費を年4兆円以上削減する」としている。具体的には、市販薬と効能の似たOTC類似薬の保険適用除外や、人口減で不要となる病床約11万床の削減を主張する。社会保険料引き下げの財源を示している点は評価できるが、これらの施策は医療サービスの質を低下させてしまう恐れもあり、実現可能性には疑問が残る。
国民民主党も、手取りを増やすという経済政策方針の柱の一環で、社会保険料の引き下げを主張する。国民民主党についても、社会保険料引き下げの財源を示している点は評価できる。それは、75歳以上の高齢者の医療費自己負担(原則1割)の2~3割への引き上げ、高齢富裕層への資産課税である。高齢富裕層への資産課税については、応能原則の観点から、与党も長らく検討している。ただし、それを実施するには、国民の資産の正確な把握が必要であり、現状ではその実施は難しい。
また国民民主党は所得税の減税も主張しており、現役世代の手取りを大きく増やす一方で、高齢者世代の負担を増やすという施策が、広く国民の理解を得るのは難しいのではないか。さらに国民民主党は、「実質賃金が持続的にプラスになるまで消費税率を一律5%に引き下げる」ことを公約に掲げている。それは毎年の税収を12兆円以上も減少させるとみられるが、その財源については示していない。政策全体では財政・社会保障制度の脆弱性リスクを高める傾向があり問題だ。
日本維新の会は「社会保険料を現役世代1人当たり年6万円引き下げる」ことを公約に掲げている。その財源を確保するために、「国民医療費を年4兆円以上削減する」としている。具体的には、市販薬と効能の似たOTC類似薬の保険適用除外や、人口減で不要となる病床約11万床の削減を主張する。社会保険料引き下げの財源を示している点は評価できるが、これらの施策は医療サービスの質を低下させてしまう恐れもあり、実現可能性には疑問が残る。
国民民主党も、手取りを増やすという経済政策方針の柱の一環で、社会保険料の引き下げを主張する。国民民主党についても、社会保険料引き下げの財源を示している点は評価できる。それは、75歳以上の高齢者の医療費自己負担(原則1割)の2~3割への引き上げ、高齢富裕層への資産課税である。高齢富裕層への資産課税については、応能原則の観点から、与党も長らく検討している。ただし、それを実施するには、国民の資産の正確な把握が必要であり、現状ではその実施は難しい。
また国民民主党は所得税の減税も主張しており、現役世代の手取りを大きく増やす一方で、高齢者世代の負担を増やすという施策が、広く国民の理解を得るのは難しいのではないか。さらに国民民主党は、「実質賃金が持続的にプラスになるまで消費税率を一律5%に引き下げる」ことを公約に掲げている。それは毎年の税収を12兆円以上も減少させるとみられるが、その財源については示していない。政策全体では財政・社会保障制度の脆弱性リスクを高める傾向があり問題だ。
基礎年金の拡充が必要だが新たな財源確保が課題に
昨年行われた公的年金の財政検証では、過去30年間と同じ程度の経済状況が続いた場合には、基礎年金の給付水準が2057年度には現状よりも3割ほど低下する、と試算された。就職氷河期世代の中では正社員として勤務した期間が短く、厚生年金の受け取りが限られる人が少なくない。そうした人たちは退職後の生活を基礎年金に頼ることになる。そうした就職氷河期世代は退職後に現在の基礎年金だけで生活を維持することは難しく、生活保護に頼らざるを得なくなる。
こうした問題点にも配慮して、厚生年金の積立金から基礎年金の積立金に繰り入れる、基礎年金の底上げ策が先の通常国会で議論されたが、厚生年金加入者の不満が参院選挙に与える影響にも配慮して、年金制度改革関連法には盛り込まれなかった。4年後の財政検証で将来的に基礎年金の給付水準の低下が見込まれる場合などに、厚生年金の積立金を活用して底上げ措置を講じる、との方針のみ同法に盛り込まれた。
ただし4年後の年金改革で基礎年金の底上げ策を決める場合、それには年間1兆円から2兆円程度の国庫負担が必要になる。その財源も新たに確保しなければならない。
十分な蓄えがなく、退職後の生活を基礎年金に頼らざるを得ない人が一定数いることを踏まえれば、基礎年金だけでも暮らしていけるように、基礎年金の拡充を図ることも必要ではないか。
今回の参院選でも、日本維新の会は「最低保障年金」の導入を訴え、国民民主党も「最低保障機能を強化した新しい基礎年金」を唱えている。その考えには賛同するが、基礎年金の財源の半分は国庫負担で賄われているため、新たに相当規模の財源を確保することが必要だ。
こうした問題点にも配慮して、厚生年金の積立金から基礎年金の積立金に繰り入れる、基礎年金の底上げ策が先の通常国会で議論されたが、厚生年金加入者の不満が参院選挙に与える影響にも配慮して、年金制度改革関連法には盛り込まれなかった。4年後の財政検証で将来的に基礎年金の給付水準の低下が見込まれる場合などに、厚生年金の積立金を活用して底上げ措置を講じる、との方針のみ同法に盛り込まれた。
ただし4年後の年金改革で基礎年金の底上げ策を決める場合、それには年間1兆円から2兆円程度の国庫負担が必要になる。その財源も新たに確保しなければならない。
十分な蓄えがなく、退職後の生活を基礎年金に頼らざるを得ない人が一定数いることを踏まえれば、基礎年金だけでも暮らしていけるように、基礎年金の拡充を図ることも必要ではないか。
今回の参院選でも、日本維新の会は「最低保障年金」の導入を訴え、国民民主党も「最低保障機能を強化した新しい基礎年金」を唱えている。その考えには賛同するが、基礎年金の財源の半分は国庫負担で賄われているため、新たに相当規模の財源を確保することが必要だ。
将来の国家像を有権者が選択できるような政策案の打ち出し方が重要
このように、年金制度の改革を進めていくには新たな財源が必要となり、社会保険料の引き下げの余地はないように思える。経済協力開発機構(OECD)によると、家計と企業の所得に占める保険料の割合は日本で18.0%(2025年度見通し)と、2022年のフランスの23.8%、ドイツの22.8%と比べて低い。
現状で必要なのはむしろ社会保険料の引き上げであって、引き下げではないだろう。この点から、選挙で社会保険料の引き下げを主張するのは問題ではないか。先般の年金改革では、高額所得者の厚生年金保険料が引き上げられた。こうした施策をさらに進める必要があるのではないか。
現状では、月収65万円を超えると、厚生年金保険料は一定額となる。近年の物価・賃金上昇によって、高額所得者の厚生年金保険料の負担は実質的には低下している。この点を踏まえても、高額所得者の厚生年金保険料のさらなる引き上げは検討の余地があるのではないか。
マクロ経済方式の下、退職世代の給付抑制を通じた年金制度の持続性向上策が進められてきたが、今後は、再び高額所得者を中心に現役世代の負担増加も合わせて検討しなければ、退職後の国民の生活を支える実効性の高い年金制度は維持できなくなるだろう。
参院選挙では、社会保険料の引き下げは社会保障給付の質・量の削減につながる可能性があることも有権者に説明した上で、「低負担・低福祉」、「中負担・中福祉」、「高負担・高福祉」といった将来の国家像を有権者が選択できるような政策案の打ち出し方をすることが、各党に求められているのではないか。
(参考資料)
「手取り増か、将来の安心確保か 医療費負担の公約を分析-参院選2025・選択の夏」、2025年7月12日、日本経済新聞電子版
「時論/2025・7・10 参院選 社会保障・子育て 未来開く政策見極めたい」、2025年7月10日、東奥日報
「参院選 社会保障制度 各党の訴えは」、2025年7月12日、東京読売新聞
現状で必要なのはむしろ社会保険料の引き上げであって、引き下げではないだろう。この点から、選挙で社会保険料の引き下げを主張するのは問題ではないか。先般の年金改革では、高額所得者の厚生年金保険料が引き上げられた。こうした施策をさらに進める必要があるのではないか。
現状では、月収65万円を超えると、厚生年金保険料は一定額となる。近年の物価・賃金上昇によって、高額所得者の厚生年金保険料の負担は実質的には低下している。この点を踏まえても、高額所得者の厚生年金保険料のさらなる引き上げは検討の余地があるのではないか。
マクロ経済方式の下、退職世代の給付抑制を通じた年金制度の持続性向上策が進められてきたが、今後は、再び高額所得者を中心に現役世代の負担増加も合わせて検討しなければ、退職後の国民の生活を支える実効性の高い年金制度は維持できなくなるだろう。
参院選挙では、社会保険料の引き下げは社会保障給付の質・量の削減につながる可能性があることも有権者に説明した上で、「低負担・低福祉」、「中負担・中福祉」、「高負担・高福祉」といった将来の国家像を有権者が選択できるような政策案の打ち出し方をすることが、各党に求められているのではないか。
(参考資料)
「手取り増か、将来の安心確保か 医療費負担の公約を分析-参院選2025・選択の夏」、2025年7月12日、日本経済新聞電子版
「時論/2025・7・10 参院選 社会保障・子育て 未来開く政策見極めたい」、2025年7月10日、東奥日報
「参院選 社会保障制度 各党の訴えは」、2025年7月12日、東京読売新聞
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。