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野村総合研究所と
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7月20日に投開票が行われる参院選では、与党が非改選も含めて過半数の議席を維持できず大敗する、との見通しが広がっている。これを受けて金融市場では、消費減税など積極財政政策を掲げる野党が政策に与える影響力が選挙後には強まるとの見方が強まり、長期国債利回りの上昇と円安が進んでいる。いずれも、積極財政政策による国債、通貨の信認低下のリスクを反映する市場の警鐘と考えられる。
 
こうした市場の動きの背景には、参院選挙後に消費減税など積極財政政策が実施され、それが日本国債の格下げにつながるとの懸念が生じていることもあるだろう。日本の政府債務のGDP比率は国際通貨基金(IMF)による最新4月の予測で2025年に234.9%と先進国平均の110.1%の2倍以上に達している。資産を控除した純負債で見ても134.2%と先進国平均の81.2%を上回り突出して高い。
 
日本の財政環境が著しく悪い中で、主要格付機関による日本国債は格下げされてきた。1998年11月にムーディーズ社が日本国債の格付けをAaa(S&P社 のAAA相当)からAa1(S&P社 のAA+相当)に引き下げて以降、格下げが段階的に進められてきた。現時点ではムーディーズ社がA1、S&P社がA+と、先進国の中ではイタリアに続いて低い格付けだ。
 
それでも、財政環境が突出して悪い日本国債の格付けが、投機的格付けにはなお多少の距離があるこの程度の水準で下げ止まっているのは、日本国債の9割以上が国内で消化されていることや対外純債務が最近まで世界一であったことが、国債のデフォルト(債務不履行)のリスクを抑えている、と格付機関に評価されている結果だろう。
 
しかし、参院選挙後に政府が恒久的な消費減税を実施し、財政環境が一段と悪化する場合には、主要格付機関が日本国債の1ノッチの格下げを行う可能性はあるのではないか。現状から2~3ノッチ格下げされれば、日本国債は投機的格付けに陥る。この点が意識されれば、長期国債利回りの顕著な上昇など、国債市場は今までの格下げ時以上に大きく反応する可能性があるのではないか。
 
財源を確保しない減税策を打ちだしたことで国債利回りが急騰するなど金融市場の混乱を招いた英国の「トラスショック」が、日本で再現される可能性は高いとは言えないだろう。しかし、日本の財政政策、財政環境の変化にほぼ反応することがなかった日本の国債市場で、長期利回りが顕著に足もとで上昇していることは、無視できない。それは市場の警鐘と真剣に受け止めるべきではないか。
 
米国での減税恒久化や欧州での軍事費拡大など、世界的に財政環境の悪化傾向が強まっていること、日本銀行が国債保有残高の削減を進めていることなどから、財政リスクを映す鏡である日本の国債市場のシグナリング効果が戻り、市場機能が改善していることの表れ、とも理解できるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。