日米合意は妥協の産物という側面も
トランプ大統領は米国時間7月22日に、日本と米国が15%の相互関税で合意したとSNSに投稿した。自動車・自動車部品の関税についても、15%の水準まで引き下げるとされた。関税協議を巡り日米間の溝は深いと考えられていたため、今回のタイミングでの合意は全く予想外だった。日本、米国共に妥協をすることで合意が成立した印象だ。
日本は当初から自動車も含めて関税全体の撤廃を要求してきた。この点から15%の関税受け入れは妥協の産物と言える。他方、トランプ政権側は、2国間協議の場では分野別関税である自動車関税は協議しないとしてきたが、今回、自動車関税率引き下げに応じたのは、一定程度日本側に譲歩したことを意味する。
トランプ政権は日本が米国に対して5,500億ドル(80兆円)の投資の拡大を約束したことを評価し、合意に応じた可能性がある。また、日本が米国に対して制裁関税を検討したこともない国である点も評価された可能性があるだろう。
日本は、自動車、相互関税15%を受け入れたという点で、当初の要求を後退させたのに加え、ミニマムアクセスの枠内で米国からのコメの輸入量を拡大するという譲歩を見せた。輸入の総量は変わらないことから、日本の農業には影響を与えないが、参院選挙前であれば、これらの譲歩が批判の対象になり、選挙結果に悪影響を与えた可能性もあるだろう。この点から、選挙の終了が合意を可能としたことは考えられる。
日本は当初から自動車も含めて関税全体の撤廃を要求してきた。この点から15%の関税受け入れは妥協の産物と言える。他方、トランプ政権側は、2国間協議の場では分野別関税である自動車関税は協議しないとしてきたが、今回、自動車関税率引き下げに応じたのは、一定程度日本側に譲歩したことを意味する。
トランプ政権は日本が米国に対して5,500億ドル(80兆円)の投資の拡大を約束したことを評価し、合意に応じた可能性がある。また、日本が米国に対して制裁関税を検討したこともない国である点も評価された可能性があるだろう。
日本は、自動車、相互関税15%を受け入れたという点で、当初の要求を後退させたのに加え、ミニマムアクセスの枠内で米国からのコメの輸入量を拡大するという譲歩を見せた。輸入の総量は変わらないことから、日本の農業には影響を与えないが、参院選挙前であれば、これらの譲歩が批判の対象になり、選挙結果に悪影響を与えた可能性もあるだろう。この点から、選挙の終了が合意を可能としたことは考えられる。
5,500億ドルの投資拡大は約束ではない
米国に対する投資は、日本企業が決めるものであり、5,500億ドルは政府の目標に過ぎない。実際には、トランプ政権の下、関税などを通じてビジネス環境が悪化したと考える日本企業は少なくないだろう。また、現在の為替レートのもとでは米国の人件費は非常に高く、日本企業が対米投資を拡大させるインセンティブは大きいとはいえない。むしろ、米国に集中した投資を分散させる動きを強めていくのではないか。この点から、5,500億ドルは根拠を欠く、あくまでも口約束でしかないだろう。
関税問題はまだ続く
関税問題はこの合意で終わったということではない。トランプ政権は医薬品や半導体への関税を検討している。半導体関税には半導体製造装置が含まれる見通しである。昨年の実績では、日本からの医薬品の対米輸出額は4,100億円、半導体製造装置は5,300億円と規模が大きい。
また、トランプ政権は交渉材料として、再び日本に対して相互関税率の引き上げを実施する姿勢を示す可能性もある。日本側も、8月1日の新相互関税の期限がくれば、他国と連携して不当な関税率の撤廃、見直しをトランプ政権に働きかける可能性も残されている。関税問題は容易には終わらないだろう。
今回の合意によってトランプ関税全体が日本の実質GDPに与える影響(1年程度)は-0.55%と試算される。相互関税が25%に上がった場合の-0.85%と比べれば、経済への悪影響は小さくなるが、それでも深刻な状況であることは変わらない。GDPの押し下げ効果-0.55%は、日本の平均的な1年間の成長分をやや上回る規模であり、名目GDPを3.3兆円減少させる計算だ。
また、トランプ政権は交渉材料として、再び日本に対して相互関税率の引き上げを実施する姿勢を示す可能性もある。日本側も、8月1日の新相互関税の期限がくれば、他国と連携して不当な関税率の撤廃、見直しをトランプ政権に働きかける可能性も残されている。関税問題は容易には終わらないだろう。
今回の合意によってトランプ関税全体が日本の実質GDPに与える影響(1年程度)は-0.55%と試算される。相互関税が25%に上がった場合の-0.85%と比べれば、経済への悪影響は小さくなるが、それでも深刻な状況であることは変わらない。GDPの押し下げ効果-0.55%は、日本の平均的な1年間の成長分をやや上回る規模であり、名目GDPを3.3兆円減少させる計算だ。
日本経済の景気後退確率は5割程度か
国内では物価高による逆風が吹く中、関税によるGDPの押し下げ効果-0.55%のもとでは、来年にかけて日本経済が後退局面に陥る可能性は5割程度あるとみる。
また、関税合意は不確実性の低下も含めて日本銀行の利上げを多少後押しするだろうが、それは大きいものではない。概して利上げに慎重な野党の影響力が参院選で強まった効果でそれは一定程度相殺されるだろう。
日本銀行はトランプ関税による日本経済への影響のみならず、トランプ関税全体が世界経済、特に米国経済に与える影響をまだ見極める必要がある。追加利上げの時期は今年12月と予想しておきたい。
また、関税合意は不確実性の低下も含めて日本銀行の利上げを多少後押しするだろうが、それは大きいものではない。概して利上げに慎重な野党の影響力が参院選で強まった効果でそれは一定程度相殺されるだろう。
日本銀行はトランプ関税による日本経済への影響のみならず、トランプ関税全体が世界経済、特に米国経済に与える影響をまだ見極める必要がある。追加利上げの時期は今年12月と予想しておきたい。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。