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トランプ大統領を賞賛する言葉で溢れているファクトシート

トランプ大統領が7月23日に発表した日米関税協議の合意内容について、日米間での食い違いが早くも表面化してきている。
 
ホワイトハウスは23日に、日米合意の内容をまとめたファクトシート(Fact Sheet: President Donald J. Trump Secures Unprecedented U.S.–Japan Strategic Trade and Investment Agreement) を公表した。
 
この中には、合意の一環として「年間数十億ドルの米国防衛装備品を日本が購入する」と記述されている(Additional billions of dollars annually of purchases of U.S. defense equipment)。
 
ただしこの点について林官房長官は24日の記者会見で、「既に決定している防衛力整備計画などに基づく当面の防衛装備品の購入について、わが国の考え方を米側に説明している」「関税協議の中で考え方を説明した」と述べ、追加で購入する計画はないことを明らかにした。赤澤経済再生相も記者団に「合意には防衛費に関する内容は含まれていない」と説明している。
 
このように、ホワイトハウスのファクトシートは、両国の合意内容を正確に既述したというよりも、日本側の説明を使って、トランプ政権にとって都合の良い形で作ったものだということが明らかになってきている。
 
帰国後の記者会見で赤澤大臣は、「ファクトシートは帰国の飛行機の中でざっとを目を通したが、『トランプ大統領がこう考えている』などファクト(事実)シートとは必ずしも言えない」との主旨の発言している。
 
実際このファクトシートは、トランプ大統領の偉業を称える賞賛の言葉で溢れており、とても2国間の合意内容を記述する性格のものとは言えない面もあると感じられる。その中でも問題と感じるのが、5,500億ドルの投資に関する記述だ。
 

米国産業の再生のために日本企業が巨額な対米投資を行うとも読める記述が問題

 「日本は米国の主導の下で(directed by the United States)、米国の中核産業の再建と拡大のために、5,500億ドルの投資を行う」「トランプ大統領の指示により(At President Trump’s direction)、これらの資金は米国の戦略的産業基盤であるエネルギーインフラ・製造、半導体製造・研究、重要鉱物も採掘・加工・精製、製薬・医療生産の再生のために重点的に投じられる」。
 
このファクトシートの説明では、日本国民の負担ともなり得る日本の政府系金融機関が出資、融資、融資保証を通じて支援する日本企業の米国での投資活動が、専ら米国の産業の再建に貢献するために行われ、しかもそれを主導するのがトランプ大統領であると説明しているように読める。これは日米がWIN-WINの関係となる合意を目指すという日本政府の説明とも食い違う。これでは、日本の主権が侵されているようにさえ感じられ、大いに問題ではないか。
 
日本政府は、ファクトシートの記述が日米間で合意した内容に即したものであるかどうかをしっかりと確認し、また国民に説明した上で、問題箇所についてはトランプ政権側に修正を強く申し入れるべきだ。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。