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関税協議の事実上の主導権は中国側に

米国と中国は、29日にストックホルムで開いた閣僚級協議を終えた。両国は、8月12日に期限を迎える関税の一時停止措置について、さらに90日間延長する方針を確認したとされる。中国商務省で国際貿易交渉代表を担う李成鋼次官は、米中が関税の停止期間の延長で合意した、と記者団に説明している。これに対してベッセント米財務長官は、最終決定をするのはトランプ米大統領であると説明しているが、実際にはトランプ大統領は停止期間の延長を認める可能性が高いだろう。
 
トランプ政権は他国に対しては、新たな相互関税率が適用される8月1日の期限を延長しない強気の姿勢を見せているなか、中国に対しては融和的な姿勢を示している。これは、米中関税協議の主導権が中国側に握られていることを意味しているだろう。
 
4月の相互関税発表後、制裁関税の応酬の末に、米国は中国に対して145%、中国は米国に対して125%の極めて高い関税を課した。一歩も引かない中国側の強硬姿勢に事実上トランプ政権が屈した形となり、お互いの関税率を115%ずつ引き下げ、それぞれ30%と10%にすることで合意した。米国が中国に適用している30%の関税率は、合成麻薬フェンタニルへの対応が問題であるとして課している20%の一律関税と、34%の相互関税のうち一律部分の10%の合計だ。
 
ただし、これは90日間の時限措置であり、その期間が過ぎれば米国が当初発表した、34%の相互関税のうち上乗せ部分の24%が適用され、米国から中国への関税率は合計で54%の関税率となる予定だった。

中国側の強硬姿勢は変わらず

5月に米国が関税率の引き下げで中国側に歩み寄ったのは、中国による米国への高い関税率の適用に加えて、レアアース(希土類)輸出規制措置が、EV製造など米国の経済・産業に大きな打撃を与えたことが背景にある。一方、中国もトランプ政権による半導体の輸出規制の緩和を求めている。米中対立は、レアアースと半導体の覇権争いの様相を強めている。
 
今回の米中協議では、中国がロシア制裁への協力も議題となった。トランプ政権は、ロシアがウクライナ停戦に早期に合意しなければ、ロシア産エネルギーの購入国に100%の追加関税を課すと宣言している。これは2次関税と呼ぶ仕組みで、買い手の中国やインドにロシアとの貿易を制限するよう求めるものだ。
 
しかしベッセント財務長官は、「中国は主権をとても重視している。我々は中国の主権を侵害したくない。彼らは100%を払うのだろう」と話し、中国がロシア制裁への協力に難色を示し、2次関税を受け入れる姿勢であることを示唆している。中国のトランプ政権に対する強硬な姿勢はここでも明らかだ。
 
米国にとって最大の貿易赤字国である中国に対して、高い関税措置の適用を再度延長することをトランプ政権は強いられているように見える。この点から、トランプ政権の関税政策が当初の狙い通りには順調に進んでいないことは明らかだろう。

(参考資料)
“US, China Agree to Continue Talks on Tariff Truce Extension(米中、関税停止期間延長の協議継続で合意-トランプ氏に最終判断仰ぐ)”, Bloomberg, July 29, 2025
「米中、関税停止を90日再延長で一致 トランプ氏の承認前提に」、2025年7月30日、日本経済新聞電子版
 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。