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複数の理事による反対は約32年ぶり

米連邦準備制度理事会(FRB)は7月30日に開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、事前予想通りに、金融政策の維持を決めた。政策金利変更の見送りはこれで5会合連続となる。
 
注目を集めたのは、トランプ大統領が利下げを繰り返し要求する中で、副議長を含む2人の理事が利下げを主張して金融政策の維持に反対したことだ。複数の理事による反対は、1993年12月以来約32年ぶりとなる。
 
FOMCでは7人の理事を含む12人が投票権を持つ。この日はボウマン副議長とウォラー理事がともに0.25%の利下げを主張し、金融政策維持の決定に反対した。また、クーグラー理事が個人的な事情により欠席した。
 
ボウマン副議長とウォラー理事は事前に利下げを主張しており、今回の投票に意外感はない。ボウマン副議長は2024年9月会合で0.25ポイントの利下げを主張し、0.5ポイント利下げの決定に反対票を投じた。ウォラー理事は今年3月に、FRBのバランスシート縮小ペースを減速させる決定に反対している。

景気判断はわずかに下方修正

FOMCの声明文では、労働市場が「堅調」である一方、インフレは「幾分高止まりしている」との文言が維持された。これは、物価の安定と雇用の極大化というFRBの2つの使命について、リスクバランスが大きく変化していないとのFRBの判断を示すものだ。
 
一方で、景気判断はわずかに下方修正された。前回の声明文では経済活動について、「堅調なペースで拡大を続けている」としていたが、今回の声明文では、「最近の複数の指標は経済活動の伸びが今年上期に緩やかになったことを示唆する」とした。
 
パウエル議長は記者会見で、声明で言及されたこの経済活動の伸び鈍化について、「主に個人消費の減速を反映している」と説明した。

パウエル議長は9月利下げを示唆せず

今回のFOMCで金融市場が最も注目していたのは、次回9月のFOMCでの利下げの可能性が、声明文あるいはパウエル議長によって示唆されるか、という点であった。しかしこの点については、金融市場の期待は裏切られた。
 
パウエル議長は記者会見で「私を含め委員会のほぼ全員にとって、現在の経済活動は、抑制的な金融政策によって不適切に妨げられているようには見えない」とし、また、「解決すべき不確実性は非常に多い。そのプロセスの終わりが間近に迫っているという感触はない」と述べている。そのうえで、「9月については何の決定もしていない」と明言した。
 
このパウエル議長の発言を受けて、9月の利上げ観測がやや後退した。金融市場が織り込む9月のFOMCでの0.25%の利下げ確率は、FOMC前は6割程度であったが、パウエル議長の記者会見後は5割程度へ後退した。そうした金融市場の期待の変化を反映して、一時1ドル149円台半ばまでドル高円安が進んだ。実際には、今後の経済指標次第では、9月の利下げの可能性は十分に考えられるだろう。

政治介入によってFRBの信認がさらに低下するリスク

主要国の金融政策は、足もとでの関税合意の影響を大きく受けている。米国と日本が15%の関税で合意したことは、日本経済の下方リスクを低下させ、日本銀行の利上げ時期を前倒しにさせるとの期待を金融市場で生んでいる。他方、米国と欧州連合(EU)が同じく15%の関税で合意したことは、ユーロ圏の経済の下方リスクを低下させ、欧州中央銀行(ECB)の追加利下げ観測を後退させている。
 
当初示されたものよりも低い水準で主要国との間の関税率が合意されたことは、米国の物価上昇率の上振れリスクを低下させる一方、景気の下振れリスクを低下させる。そのため、他の主要国のように、関税合意が金融政策に与える影響は一方向には定まらない。
 
ただし、パウエル議長は関税による物価上昇率の上振れリスクにより注目している点を踏まえると、足もとでの関税合意は利下げを後押しする材料となるのではないか。さらに、トランプ大統領によるFRBへの利下げ要求は続いており、これが金融政策の独立性を低下させている面がある。実際にFRBが利下げに動けば、FRBが政治に屈したとの観測も浮上し、金融政策への信認がさらに低下する可能性があるだろう。
 
このように、関税合意がFRBと他の主要国の金融政策の方向性に与える逆方向の影響とFRBの信認低下のリスクを踏まえると、この先、ドルは主要国通貨に対して下落しやすい環境になるのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。