過去3か月の雇用は大幅に悪化
米労働省が8月1日に発表した7月雇用統計で、非農業雇用者増加数は7万3,000人増加と、事前予想の11万人増程度を大きく下回った。さらに、前月と前々月が合わせて約26万人の大幅下方修正となった。このため、7月まで3か月間の雇用者増加数の月間平均はわずか3万5,000人と、コロナ禍後の最悪を記録する衝撃的な結果となった。労働統計局は、「月次の数字の修正は、推定値発表以降に企業や政府機関から受け取った追加報告と季節要因の再計算によるもの」と説明している。
米国の実質GDPは今年1-3月期に前期比年率-0.5%とマイナスに振れた後、4-6月期には同+3.0%となったが、これは、関税適用前の駆け込み輸入の増加とその反動が、成長率を上下に大きく変動させたものだ。個人消費も関税適用による価格上昇前の駆け込み購入とその反動によって振れており、経済活動の基調が読みにくい状況が続いている。
しかし雇用については、このような変動がGDP統計、消費統計、貿易統計、生産統計などと比べると生じにくいため、過去3か月の雇用の悪化は基調的な悪化を示すものと受け止める必要があるのではないか。
米国の実質GDPは今年1-3月期に前期比年率-0.5%とマイナスに振れた後、4-6月期には同+3.0%となったが、これは、関税適用前の駆け込み輸入の増加とその反動が、成長率を上下に大きく変動させたものだ。個人消費も関税適用による価格上昇前の駆け込み購入とその反動によって振れており、経済活動の基調が読みにくい状況が続いている。
しかし雇用については、このような変動がGDP統計、消費統計、貿易統計、生産統計などと比べると生じにくいため、過去3か月の雇用の悪化は基調的な悪化を示すものと受け止める必要があるのではないか。
労働統計局長の解雇は政府の経済データに関する信頼性を著しく損ねる
7月雇用統計発表の後、信じがたい事態が生じた。トランプ大統領は、今回の雇用の下振れは政治的な操作によるものだとして、米労働省のエリカ・マクエンタファー労働統計局長を解雇するよう指示したのである。トランプ大統領は、「彼女は選挙前に雇用統計を改ざんし、カマラ(ハリス前副大統領)を勝たせようとした人物」と明確な根拠なく断じている。
こうしたトランプ大統領の言動は、政府機関の中でトランプ政権に批判的であり民主党の利益になるように働きかけている職員がいるという「ディープ・ステート(Deep State)」という陰謀論にとらわれているのではないか。
いずれにせよ、こうした行為は、政府の経済データに関する信頼性を著しく損ねるものだ。仮に8月分の雇用統計が上振れても、それはトランプ大統領の意向に配慮して操作した結果でないかと金融市場は疑うだろう。
こうしたトランプ大統領の言動は、政府機関の中でトランプ政権に批判的であり民主党の利益になるように働きかけている職員がいるという「ディープ・ステート(Deep State)」という陰謀論にとらわれているのではないか。
いずれにせよ、こうした行為は、政府の経済データに関する信頼性を著しく損ねるものだ。仮に8月分の雇用統計が上振れても、それはトランプ大統領の意向に配慮して操作した結果でないかと金融市場は疑うだろう。
9月FOMCでの利下げ観測が強まる
7月分の雇用増加数の下振れと過去2か月の大幅下方修正は、金融市場に大きな衝撃を与えている。景気減速への警戒から、1日のダウ平均株価は一時700ドルを超える下落となった。また、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測が強まり、2年物国債利回りは前日比0.27%低下と、通常の利下げ幅である0.25%を超える低下となった。これは、1年ぶりの大幅な低下だ。さらに、ドル円レートは1ドル150円台半ばから147円台前半へと、一気に3円以上も円高に振れるという激しい動きとなった。
金融市場は9月の次回米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げ期待を大幅に強めている。7月30日のFOMC後の記者会見で、パウエル議長が9月の利下げを示唆する発言をしなかったことで、9月に0.25%の利下げが行われる確率は6割程度から5割程度にやや低下していた。7月雇用時計発表後には、その確率は9割程度まで一気に高まった。9月のFOMCで0.25%ではなく、0.5%の大幅利下げが実施されるとの観測も浮上している。
ただし、FRBが9月のFOMCで利下げに踏み切るかどうかはまだ確定的でない。8月12日に発表される7月消費者物価統計が、9月のFOMC でのFRBの金融政策決定に大きな影響を与えるだろう。この統計で物価上昇率の顕著な上振れが確認された場合、パウエル議長など投票権を持つFOMC参加者の一部は利下げに慎重な姿勢を維持し、利下げを求める参加者との間で大きく意見が分かれる、歴史的な結果となる可能性もあるだろう。
金融市場は9月の次回米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げ期待を大幅に強めている。7月30日のFOMC後の記者会見で、パウエル議長が9月の利下げを示唆する発言をしなかったことで、9月に0.25%の利下げが行われる確率は6割程度から5割程度にやや低下していた。7月雇用時計発表後には、その確率は9割程度まで一気に高まった。9月のFOMCで0.25%ではなく、0.5%の大幅利下げが実施されるとの観測も浮上している。
ただし、FRBが9月のFOMCで利下げに踏み切るかどうかはまだ確定的でない。8月12日に発表される7月消費者物価統計が、9月のFOMC でのFRBの金融政策決定に大きな影響を与えるだろう。この統計で物価上昇率の顕著な上振れが確認された場合、パウエル議長など投票権を持つFOMC参加者の一部は利下げに慎重な姿勢を維持し、利下げを求める参加者との間で大きく意見が分かれる、歴史的な結果となる可能性もあるだろう。
クーグラー理事辞任でパウエル議長後任候補の指名が前倒しとなるか
今回の雇用統計を受けて、トランプ大統領は再びパウエル議長に対して早期の利下げを要求した。FRBへの政治介入が続いている中で注目されたのは、7月29・30日のFOMCを欠席したクーグラー理事が、突然辞意を表明したことだ。彼女の任期は2026年1月までだった。任期直前の辞任に、政治介入を繰り返すトランプ大統領への反発があったかどうかは分からない。
パウエル議長の任期は2026年5月までであるが、トランプ政権は後任人事を前倒しで発表し、利下げに積極的な人物を指名することで、パウエル議長のレームダック化を図る狙いがあると考えられる。2026年1月にクーグラー理事の後任にその人物を任命し、5月にパウエル議長の後任とすることが予想されていた。
しかし、クーグラー理事の突然の辞任によって、トランプ政権がより前倒しでパウエル議長の後任を理事に指名する可能性が生じている。こうした展開は、金融市場での利下げ観測を強めることになるが、一方で、金融政策への政治介入の強化は、FRBに対する信認を大きく低下させ、ドル安など金融市場の安定に悪影響を与えるだろう。
金融政策と政府の経済データの双方に対するトランプ政権の不当な介入は、双方の信頼性を大きく毀損し、先行きの経済や経済政策に対する不確実性を大きく高める深刻な事態へと発展している。
(参考資料)
「トランプ氏、悪い雇用統計に憤慨 統計局長の解雇を宣言 米雇用、大幅に減速 7月7.3万人増 5、6月下方修正」、2025年8月2日、日本経済新聞
“Fed Governor Adriana Kugler to Resign Effective Aug. 8(クーグラーFRB理事、任期途中で辞任-トランプ氏に後任指名の機会)”, Bloomberg, August 1, 2025
パウエル議長の任期は2026年5月までであるが、トランプ政権は後任人事を前倒しで発表し、利下げに積極的な人物を指名することで、パウエル議長のレームダック化を図る狙いがあると考えられる。2026年1月にクーグラー理事の後任にその人物を任命し、5月にパウエル議長の後任とすることが予想されていた。
しかし、クーグラー理事の突然の辞任によって、トランプ政権がより前倒しでパウエル議長の後任を理事に指名する可能性が生じている。こうした展開は、金融市場での利下げ観測を強めることになるが、一方で、金融政策への政治介入の強化は、FRBに対する信認を大きく低下させ、ドル安など金融市場の安定に悪影響を与えるだろう。
金融政策と政府の経済データの双方に対するトランプ政権の不当な介入は、双方の信頼性を大きく毀損し、先行きの経済や経済政策に対する不確実性を大きく高める深刻な事態へと発展している。
(参考資料)
「トランプ氏、悪い雇用統計に憤慨 統計局長の解雇を宣言 米雇用、大幅に減速 7月7.3万人増 5、6月下方修正」、2025年8月2日、日本経済新聞
“Fed Governor Adriana Kugler to Resign Effective Aug. 8(クーグラーFRB理事、任期途中で辞任-トランプ氏に後任指名の機会)”, Bloomberg, August 1, 2025
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。