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8月7日の新たな相互関税の発効を前に、トランプ政権は医薬品と半導体に新たに分野別関税を課す考えを明らかにしている。トランプ大統領は5日に、医薬品に段階的に250%程度までの関税を課す考えを示した。さらに6日には、輸入する半導体についておよそ100%の関税を課す考えを述べた。
 
「仮に(アメリカに)工場を建てると既に約束しており、また建設途中である場合は関税はかからない」とも述べているが、対象となる企業が米国に輸出する半導体すべてが関税の対象から外されるのかどうかなど、詳細は不明だ。
 
さらに重要なのは、半導体関税の範囲である。以前にトランプ政権は、半導体関税には、半導体、PC、スマホ、周辺機器、半導体製造装置などが含まれると説明していた。その後、トランプ政権内では対象を巡って検討がなされてきたとされる。日本企業への影響を考えれば、対象が半導体のみの場合と、半導体製造装置を含むより幅広い範囲となる場合とで、大きく違ってくる。
 
2024年の日本から米国への半導体輸出額は2,656億ドルで、輸出全体の1.2%に相当する。しかしこれに、半導体製造装置の5,298億円、PCなど電算機器の1,366億円、電算機器部品の3,034億円が加わると、その総額は1兆2,354億円となり、輸出全体の5.8%にも達する。
 
100%の関税が実質GDPに与える1年間程度の影響は、半導体への100%関税で-0.03%、それらを含む半導体関連全体では-0.14%となる。後者の場合、相互関税、自動車関税15%のもとでの実質GDPへの影響である-0.55%の2割増となってしまう。
 
さらにもう1点不確実であるのは、欧州連合(EU)と米国との関税合意に関わる米国政府の公表文書(ファクトシート)では、「EUは自動車や自動車部品、医薬品、半導体を含めて米国に15%の関税率を支払う予定」と記されている。これについて、新たに分野別関税が課される医薬品、半導体についても、EUへの関税はトランプ政権が示唆しているそれぞれ250%、100%ではなく、ともに15%になるとの解釈ができる。
 
さらに日本政府は、医薬品、半導体の関税率について、「日本を他国に劣後する形で扱わない」ことで日米が合意した、と説明している。この点から、日本への関税率はともに15%を上まわらない、とするのが日本側の解釈である。
 
しかし、日米合意に含まれたと日本政府が主張しているこの取り決めは、米国側の説明資料には出てこない。訪米中の赤澤大臣は、この点についてトランプ政権との間で合意内容を再度確認することになるだろう。
 
半導体関税の対象が半導体に限られ、関税率が15%の場合には、日本のGDPへの影響は-0.004%に過ぎないが、対象が半導体製造装置などを含む広範囲に渡り、さらに100%の関税が課される場合には日本のGDPへの影響は上記のように-0.14%と実に30倍以上となってしまう。どちらになるかで日本経済への影響は大きく異なる。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。