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世界の注目を集めた15日の米アラスカ州アンカレジでの米ロ首脳会談は、ウクライナ戦争の停戦に向けた合意には至らずに終了した。ロシア政府は当初、会談は6~7時間に渡るとの見通しを示していたが、実際には会談時間は2時間45分程度で終わった。予定されていた2回目の会談は見送られ、また、記者会見は記者からの質問を受けつけずに、12分あまりで打ち切られた。
 
記者会見でロシアのプーチン大統領は、首脳会談が「建設的」なものであったと述べ、トランプ米大統領は、両首脳は「一定の前進」をしたと述べた。しかし会談の具体的な内容については全く言及されなかった。両首脳は次回の会談の可能性について言及し、会談が決裂しなかったことをアピールした。しかし、次回会談の有無を含め、次の展開は現時点で不透明だ。
 
トランプ大統領は、プーチン大統領が停戦に合意しない場合は、ロシアに対する経済制裁を強化する可能性を事前に示唆していたが、当面実施しない考えを示している。
 
会談では領土問題が大きな焦点になったとみられる。領土問題についてトランプ大統領は、ロシアとウクライナに領土交換を提案したと報じられている。ロシアにはクリミアとルハンシク州やドネツク州が事実上割譲される一方、ウクライナはルハンシク州やドネツク州などの一部地域から部隊を撤退させ、ロシアはヘルソン州およびサポリージャ州における現在の前線で攻撃を停止することが含まれるとされた。
 
英紙フィシャルタイムズは、「ウクライナが東部ドネツク州をロシアに引き渡せば、ロシアは他の戦線を凍結し新たな攻撃を控える」と提案したと報じている。ウクライナは領土の引き渡しには一切応じない構えだ。トランプ大統領はウクライナ、欧州側に配慮して領土交換などでロシアと合意することはしなかったが、今後の展開はウクライナにかかっているとして、全領土の奪回を譲らないゼレンスキー・ウクライナ大統領の翻意に期待する発言をしている。トランプ大統領とゼレンスキー大統領は18日に会談する予定だ。
 
米ロ首脳会談で停戦合意に達するとの見方は少数派であったことから、合意が得られなかったことは事前予想通りであったと言える。しかし、両首脳が記者会見で会談の具体的な成果を何ら示すことができなかったことはやや予想外であり、失望を生んでいる。
 
ただしプーチン大統領にとっては、米ロ首脳会談を実現することで、ウクライナ侵攻以来の国際的な孤立から脱するきっかけを作った、というメリットがある。また、会談後にトランプ大統領は、これまで追求してきた停戦の合意ではなく、和平合意を目指すべきだという考えを示している。欧米メディアはこの発言を、「ロシアに同調する劇的な方針転換だ」などと伝えている。今回の会談で最大の勝者はプーチン大統領だったと言えるだろう。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。