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トランプ米大統領は25日に、米連邦準備制度理事会(FRB)リサ・クック理事宛てに、「あなたを解任するのに十分な理由があると判断した」とする書簡を送ったことをSNSに投稿した。クック理事を巡っては、トランプ大統領に近いパルト連邦住宅金融局(FHFA)局長が住宅ローン契約を巡り不正があったと主張していた。これを受けて、トランプ大統領は20日に、クック氏に辞任を要求したが、クック理事は辞任要求を撥ねつけていた。
 
この発言を受けて、金融市場ではドル安円高が進み、また日米の株価が大きく売り込まれた。米国ではFRBの利下げ観測から短期ゾーンの国債利回りは低下する一方、長期ゾーンの国債利回りは上昇し、債券安、通貨安、株安の「トリプル安」の様相を強めている。
 
トランプ大統領は、パウエル議長に対して執拗に利下げを要求し、不当な政治介入を続けてきた。来年5月のパウエル議長の任期満了後に指名する後任人事を前倒しで発表し、パウエル議長のレームダック化を進める戦略だ。現在、ベッセント財務長官を中心に候補者との面談を進めており、数か月のうちに後任人事が発表される見通しだ。
 
さらに来年1月までの任期を残して退任したクグラー理事の後任に、トランプ大統領は自らの経済ブレーンである大統領経済諮問委員会(CEA)のスティーブン・ミラン委員長を指名した。上院で承認されれば9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)にも参加し、利下げに票を投じる可能性が高い。仮にクック理事が解任されれば、トランプ大統領はその後任にも利下げに前向きな人物を充てるだろう。こうして人事を通じて、トランプ政権はFRBの金融政策への支配を強めている。
 
また、トランプ政権は、FRBの現職理事らに次期議長のポストをちらつかせることで、利下げに前向きになるように働きかけているとの指摘もある。硬軟取り混ぜて、トランプ政権はFRBへの政治介入を強め、FRBを政権の支配に置こうとしているのである。
 
こうした動きに対して、FRBは直接的に政権に抗うすべを持たないが、その独立性を守るための助けとなり得るのは、国民と金融市場だ。現時点でFRBへの政治介入について世論は大きく反応していないが、金融市場はそれに反応し始めている。それが、25日のトリプル安である。
 
トランプ政権がFRBに不当な政治介入を行い、金融政策が政府に支配されるようになれば、通貨価値の安定、物価の安定は揺らぐとの懸念が高まる。それは、金融政策、通貨の信認を低下させ、米国からの資金逃避を促し、債券安、通貨安、株安の「トリプル安」を生じさせる。
 
これは、トランプ政権によるFRBに対する不当な政治介入に対する金融市場の警鐘とも言えるだろう。そうした動きがさらに強まれば、ベッセント財務長官が進言する形で、トランプ大統領はFRBへの介入の手を緩める可能性も出てくるのではないか。
 
足もとで上昇傾向が目立つ日本株には、トランプ政権による関税策に続き、FRBへの政治介入が、米国金融市場でのトリプル安、特にドル安円高傾向を通じて新たな強い逆風となる可能性が出てきた。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。