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野村総合研究所と
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世界の企業は、中国に代わる生産拠点、いわゆる「チャイナ・プラス・ワン」としてインドに注目してきた。米国のアップル社は10年ほど前からiPhoneの生産の一部を中国からインドに移し始めた。調査会社テックインサイツによると、iPhoneの生産拠点としてインドが占める割合は、2024年には約14%まで高まっている。
 
インド政府も海外投資を呼び込むために、インドでの海外企業の生産活動の妨げとなってきたインフラの近代化を進め、規制緩和を進めてきた。
 
しかしトランプ政権は、インドに対して高い関税を課し、米国向け製品のインド製造に障害をもたらしている。7月31日に発表した大統領令でトランプ大統領は、インドに対する相互関税率を8月7日から25%とした。
 
しかし8月6日には、インドがロシアから石油などを輸入していることへのペナルティーとして、インドへの相互関税率をさらに25%上乗せして50%とし、8月27日から適用すると突如発表した。
 
トランプ政権が中国に対して高い関税率を課すことへの警戒が、企業が生産拠点を中国からインドにシフトさせる大きな誘因の一つであったが、トランプ政権によるインドへの追加関税率は、いまや中国の30%を上回ってしまった。
 
インド外務省は、この措置に対し「米国政府の決定は不公平・不当かつ理不尽である。われわれは、国益を守るために、すべての必要な行動を取る」と報復措置の可能性を示唆している。
 
インドだけでなく、「チャイナ・プラス・ワン」として企業が注目するベトナムやマレーシアにも、約20%の高めの相互関税率が適用されている。トランプ政権は、中国からの生産拠点の移転先を米国に向けさせるために、いわば「チャイナ・プラス・ワン」潰しをしているようにも見える。
 
ただし、米国は人件費がかなり高いという大きなデメリットがあるうえ、トランプ政権による政策の不確実性がかなり高い点を踏まえると、インドなど「チャイナ・プラス・ワン」への高い関税率適用が、米国への生産拠点のシフトを後押しするとは言えないだろう。
 
また、企業が「チャイナ・プラス・ワン」を模索する背景には、中国経済の長期低迷観測や反スパイ法改正などを受けた中国でのビジネスリスクもある。他方、平均年齢の低さや人口増加率の観点から、インドは輸出のための生産拠点だけではなく、将来的な市場としての魅力もかなり高い。
 
「そのため、トランプ関税だけで、企業が生産拠点を中国からインドに移す動きが決定的に打撃を受けることにはならないだろう。
 
ただし、生産拠点の分散化、サプライチェーンの再編を模索するグローバル企業は、対象国と米国との外交関係悪化という地政学リスクに対して、今まで以上に注意を払いつつ「チャイナ・プラス・ワン」を選択することを迫られている。
 
(参考資料)
“Trump’s Tariffs Stymie India’s Bid to Steal Manufacturing From China(インドに米関税の逆風、揺れる「脱中国」企業)”, Wall Street Journal, August 15, 2025

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。