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米政府がインテル株の10%を取得

トランプ米大統領が8月22日に発表したディール(取引)は、経営不振に陥っている半導体メーカーのインテルに政府が出資し、株式の10%を取得するというものだった。米政府が同社の筆頭株主になる。
 
89億ドル(約1兆3,100億円)に上る出資の原資には、過去に拠出を決めたもののまだ支払われていない連邦政府の補助金が充てられる。これは、補助金を出資に変えるスキームだ。政府は、半導体製造能力の強化を目指すCHIPS法に基づいて、22億ドルの補助金を既にインテルに提供している。
 
トランプ大統領は8月7日に、中国人民解放軍との過去のつながりを理由に、「重大な利益相反の状態にあり、直ちに辞任しなければならない」として、インテルの最高経営責任者(CEO)のタン氏に辞任を要求した。大統領が公に大手企業のトップの辞任を求めたのは、現代史上で初めての出来事と言えるだろう。
 
釈明のためにトランプ大統領に面会したタン氏が大統領から提案されたのが、この政府出資の案だった。タン氏は、自身への辞任要求を取り下げることと交換で、政府出資を受け入れた。
 
これは、トランプ大統領が好むディールの中で決まったことであり、必ずしもトランプ政権の明確な戦略に基づいたものではなかった可能性も十分に考えられる。
 
ハワード・ラトニック商務長官は、この合意は「米国の経済を成長させるとともに、技術的優位性の確保の一助となる」とその意義を述べた。
 
トランプ大統領はインテルの取締役会に政府の代表者を送り込んだり、他のガバナンス(統治)の権利を持ったりしないと明言し、経営への直接的な関与を否定した。しかしこの発言には懐疑的な見方も少なくない。

企業への介入を強めるトランプ政権

一方でトランプ大統領は、民間企業への米政府の介入がまだ始まったばかりである可能性も示唆している。トランプ大統領は25日に、インテルとの合意に関連して、「このようなケースがもっとたくさん出てくることを期待している」と語っている。
 
足もとで、トランプ政権は民間企業への関与を強めてきている。6月には、トランプ政権が「黄金株」を手に入れるのと引き換えに、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチール買収を承認した。7月には、米国防総省が国内で唯一稼働中のレアアース鉱山を運営するMPマテリアルズの最大株主になった。
 
さらに8月には、米エヌビディアと米アドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)が半導体を中国に販売することをトランプ政権が認める見返りに、両社が、その売り上げの15%を政府に支払うことで合意した。
 
半導体や鉄鋼といった産業への介入は「(米国を後回しにする)アメリカ・ラスト政策」に対抗した施策であり、「我々の国家的、経済的な安全保障を守れるよう」設計されたものだとトランプ政権は説明している。

米国は「国家資本主義」に近づいていくのか

しかしそうした政策は、自由市場資本主義の恩恵をたたえ、米企業への国家介入には広く反対する共和党の伝統的な信念を無視した動きであり、共和党内からも批判が出てくる可能性がある。
 
インテルに対して政府が10%出資しても、それを通じた信用力の向上がインテルの業績を回復させる訳ではない。インテルの復活には製品の販売先の開拓が不可欠だろうが、政府がそれを助けるつもりは現在ないだろう。
 
他方で、インテルの経営がさらに厳しさを増し、株価が大きく下落すれば、政府保有の株式の価値が下落する。それは、国民からの税金で得た資産価値が失われることになり、国民からの批判が高まる可能性がある。
 
トランプ政権による企業への介入強化は、米国政府の経済政策が自由な競争を重視する「市場主義」「資本主義」から、政府が民間経済を統制していく「国家資本主義」へと大きく変貌し始めたことを示すように見える。
 
トランプ大統領がそうしたことを本当に意識しているかどうかは不明だ。ディール好きのトランプ大統領の思いつきに過ぎないかもしれない。
 
ただし、長らく米国政府が実施してきた関税などの貿易規制は、米国の製造業の復興よりも衰退に力を貸してきたように思える。トランプ政権が進める関税策などの保護主義や足もとでの企業への介入強化なども、やや長い目で見れば同様の帰結を生むのではないか。
 
(参考資料)
「なぜトランプ氏は「国家資本主義」の扉を開いたのか」、2025年8月27日、NIKKEI FT the World
「米政府のインテル株取得、 「共和党版社会主義」と批判も」、2025年8月26日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。