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政府・議会に人事権を握られる中、中央銀行が独立性を維持することは大きな挑戦

トランプ米大統領は、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長に対してあからさまに利下げを要求してきた。さらに足もとでは、FRB理事や議長らの人事を通じて、金融政策に直接影響を及ぼそうとしている。これは不当な政治介入だ。
 
中央銀行の独立性が法的に担保されている国でも、政府が不当に金融政策に介入するケースは、トルコやロシアなど権威主義的な国ではしばしばみられてきた。しかし先進国ではこのような露骨なケースはまれであり、今回はその対象が世界で最も影響力のある中央銀行であるFRBであるため、世界の金融市場に与える悪影響も大いに懸念されるところとなっている。
 
中央銀行は政府から独立した組織であるが、その政策は国民生活に大きな影響を与えることから、国民、政府、議会が一定程度それに対してガバナンスを発揮するのが望ましい、と広く考えられている。そのため、中央銀行で金融政策決定を担う人物は、政府が任命し、議会で承認されることが少なくない。FRBの理事、正副議長は大統領が指名し、上院の承認が必要となる。日本でも総裁と2名の副総裁、6名の審議委員の計9名の政策委員は、内閣が任命し、国会の同意が必要となる(国会同意人事)。
 
このように、政府や議会に人事権を握られる中で、中央銀行が独立性を維持することは、大きな挑戦だ。

新日本銀行法施行後も日本銀行への政治介入は続いた

日本銀行の場合には、1998年4月に施行された新日本銀行法の下で、初めて日本銀行の独立性(自立性)が法律で定められた。
 
それ以前の1989年には、日本銀行の公定歩合引き上げの情報が洩れて、事前に全国紙で報道されるという事件が起きていた。その日の朝刊の1面を見た橋本大蔵大臣は激怒し、「大蔵大臣である自分はそのことは承知していない」として、日本銀行に対して公定歩合引き上げの「白紙撤回」を求めた。これは、日本銀行が政治から独立していないことを世に知らしめる事件となった。
 
ただし、新日本銀行法で日本銀行の独立性が規定されて以降も、日本銀行への政治介入は続いた。その最も顕著な例は、2012年12月16日に自民党が衆院選に圧勝し政権を奪還した後の当時の安倍首相の一連の言動だろう。
 
総選挙の翌日に安倍首相は「日銀は、選挙結果を受けて適切な判断を」と述べ、次回の金融政策決定会合で日本銀行が物価目標を新たに設定するように圧力をかけたと考えられる。同年12月23日のテレビ番組で安倍首相は、「次の会合で、残念ながら物価目標の設定が見送られれば、日銀法を改正して、アコード(政策協定)を組んでインフレ・ターゲットを推進する」という趣旨の発言をしたとされる。
 
こうした経緯を辿った後、日本銀行は翌2013年1月の決定会合で、2%の物価目標の導入を決めたのである。ちなみに当時日銀審議委員であった筆者は、日本銀行の独立性が損なわれると判断し、その決定に反対票を投じた。
 
その後、間もなく任期を迎える総裁、副総裁の人選に関して安倍首相は、「私と同じ考え方を有し、デフレ脱却に強い意志と能力を持った方にお願いしたい」と語った。

国民から信認で政治からの独立を確保するという日本銀行の試みはなお道半ば

新日本銀行法に日本銀行の独立が明記されたからといって、それは実際に政府からの独立を担保するものではなかった。内閣が人事権を握っており、さらに、金融政策決定会合には政府代表者が出席するという制度の下、日本銀行が政治からの完全独立を確保することは容易ではない。
 
日本銀行は、独立性確保の鍵は、「国民からの信認」にあると考える。日本銀行が国民からの強い信認を得ていれば、仮に政府が日本銀行の金融政策決定に対して不当に介入しても、国民はその行動を批判し、次の選挙で与党は大きく票を落とす可能性がある。それを恐れれば、政府は日本銀行に対して安易に介入できなくなる。
 
さらに日本銀行が国民からの信認を得るためには、その政策が国民に理解されるように丁寧に説明する、「透明性」の強化が重要であると日本銀行は考える。しかし、2013年に始められた異例の金融緩和策は非常に複雑で分かりにくいものとなり、日本銀行の金融政策が国民の理解と信認を十分に得たとは言えない。
 
現状でも、消費者物価上昇率が3%を超える状況が続く中、「基調的な物価上昇率はなお2%に達していない」という日本銀行の説明は、広く国民に受け入れられていないだろう。このように、国民からの強い信認を得ることで政治からの独立を確保するという日本銀行の試みはなお道半ばである。

FRBは金融市場が独立性を維持するための最後の砦か

米国においては、トランプ政権による一連のFRBへの介入については、概して国民の関心は低いように思われる。そうした中、期待されるのが、FRBの独立性低下への懸念が金融市場を動揺させることだ。株安、債券安、ドル安のトリプル安傾向が顕著となれば、それが経済に与える悪影響を政府も警戒するようになり、FRBへの介入を制約するだろう。また、株価下落や長期金利上昇は国民生活を圧迫し、国民がその原因が政府によるFRBへの不当な介入にあると考え、政府を批判するようになる。
 
日本銀行は、政府からの独立を確保するために国民の力に期待するが、FRBは金融市場が独立性を維持するための最後の砦となるのではないか。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。