&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

人事を通じてFRB支配を進めるトランプ大統領

トランプ米大統領は8月25日に、米連邦準備制度理事会(FRB)のクック理事の解任を発表した。同氏が2021年に住宅を購入した際に優遇ローンを得るために不正な申請を行った、との指摘を受け、トランプ大統領は辞任を求めたが応じなかったため、解任を通告した。これに対してクック理事は、大統領に自身を解任する権利はないとして、代理人が解任の取り消しを求めて提訴している。
 
トランプ大統領に近い連邦住宅金融局(FHFA)のビル・パルテ局長が司法省に刑事捜査を求めていたが、それを受けて司法省はクック理事への捜査に着手した。これは、トランプ大統領によるFRB支配の試みの一つである可能性が考えられる。
 
トランプ政権からは、訴訟が進行する中では、クック理事が金融政策に関して投票権を持つ米連邦公開市場委員会(FOMC)の参加を控えるべき、との主張が出ている。これに対してクック理事は、それを阻止する緊急命令を裁判所に求めている。
 
FOMCでは7人の本部理事が投票権を持つ。8月にクーグラー理事が辞任したことで、現在投票権を持つ本部理事は6人だ。このうち、7月のFOMCで利下げを求めた理事2人は、いずれもトランプ大統領が指名した。クーグラー理事の後任には、トランプ大統領の経済アドバイザーである大統領経済諮問委員会(CEA)のミラン委員長が指名されており、上院の承認を持って理事に就任し、9月の16日~17日の次回FOMCに参加する可能性が高い。さらに、クック理事のFOMC出席が妨げられれば、FOMCで投票権を持つ半数が、トランプ大統領の息がかかった理事となる。
 
このように、人事を通じてトランプ大統領はFRBの金融政策決定への政治介入を進めようとしている。

ミラン委員長は上院の公聴会でFRBの独立性を尊重する姿勢を説明

理事に指名されたミラン委員長は、4日の上院銀行委員会の公聴会に臨んだ。トランプ大統領の影響を強く受けるミラン委員長に対して、議員からはトランプ大統領の政策を支持するかどうか、FRBの独立性を尊重するかどうか、といった質問が相次いだ。ミラン氏は冒頭で、「私は(FRBの)独立性を維持し、能力の限り米国の人々に奉仕する」と述べ、FRBの政治からの独立性を尊重する姿勢を示した。
 
他方でミラン氏は、2024年に大統領が理事を解任しやすくすることなどを盛り込んだ自身のFRB改革案を明らかにしている。またミラン氏は、CEA委員長を休職したままFRB理事を来年1月まで務める考えを示した。任期後に復職する意向を示しているのである。
 
これに対して、トランプ大統領の影響を強く受ける政府のポストにとどまりつつ、FRBの理事として政治からの独立は維持できるのかとして、民主党議員からは強い批判が出された。
 
しかし既に述べたように、共和党が過半数の議席を占める上院でミラン氏はまもなく承認され、9月16日~17日のFOMCに理事として参加し、金融緩和に票を投じる可能性が高い。

パウエル議長の後任候補トップ3

トランプ大統領によるFRB支配を大きく進めるのは、来年5月に任期を終えるパウエル議長の後任に息のかかった緩和推進派の議長を充てる人事だ。
 
トランプ大統領は5日に、パウエル議長の後任には、ハセット米国家経済会議(NEC)委員長、ウォラーFRB理事、ウォーシュ元FRB理事の3人を、トップ3として最終候補に挙げた。
 
後任候補になることを辞退したベッセント財務長官が、現在、後任の選考プロセスを取り仕切っている。ベッセント財務長官は、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで、9月5日から候補者の面接を始めると述べていた。候補者の一人であるハセット氏は8月25日に、トランプ大統領による後任決定は「数か月先」になるとの見通しを述べた。
 
(参考資料)
“Trump Says Hassett, Warsh and Waller Are Finalists For Fed Chair(FRB議長最終候補はハセット、ウォーシュ、ウォラー氏-トランプ氏)”, Bloomberg, September 6, 2025
「クックFRB理事、米司法省が刑事捜査に着手」、2025年9月5日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
「米政権、執行部の掌握進む FRBクック理事、司法省が捜査」、2025年9月6日、朝日新聞
「トランプ氏「FRB支配」へ猛進 クック理事捜査/ミラン氏承認の公算」、2025年9月6日、日本経済新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。