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トランプ政権が中国やインドへの追加関税をG7に提案

主要7か国(G7)財務相会合が、12日にオンライン形式で開かれた。終了後に議長国のカナダは声明を発表し、「G7がロシアへの圧力を強化するため、考えられる幅広い経済措置について議論した」ことを明らかにした。さらに、ウクライナを侵略するロシアを経済面で間接的に支援している中国やインドを念頭に、「追加制裁や関税を含む貿易措置」を実施する可能性を話し合った、と説明している。
 
会合に先立ち英フィナンシャル・タイムズ紙は、米国政府が中国とインドに50~100%の関税を課すようG7各国に提案する、と伝えていた。実際、米国政府は会合で、こうした提案をしたもようだ。米財務省は会合後、ベッセント財務長官とグリア米通商代表部(USTR)代表の声明を発表して、「重要な時期に米国と共に(G7諸国が)断固たる行動を取ることを期待している」と述べた。
 
ロシアからエネルギーを輸入し、資金面でロシアのウクライナでの戦闘を間接的に助ける国に対して、上乗せの制裁関税を課す方針をトランプ政権は示している。これは「2次関税」と呼ばれる枠組みで、実際、ロシアから原油輸入を大幅に拡大させているインドに対しては、8月末に25%の上乗せ関税をかけ、25%の相互関税と合わせて50%とした。

レアアースの輸出規制という武器を持つ中国に強気に出られないトランプ政権

ところが、ロシアから原油等エネルギーを輸入する中国に対しては、トランプ政権はこの2次関税をかけていない。米中間では関税協議が継続しており、それへの悪影響を懸念していることもあるだろうが、それ以上に、中国がレアアース輸出規制という報復措置を米国に対して講じることをトランプ政権は恐れているのではないか。
 
米国の企業活動に決定的な打撃を与えるレアアースの輸出規制という武器を持つ中国に対して、トランプ政権は強気に出ることができない。米国が強硬策を取れないことを見越して、中国は先日、ロシアからの天然ガスの輸入を拡大する方針を打ち出し、トランプ政権を挑発した。
 
さすがにそれは黙認できなかったトランプ大統領が考えたのが、今回のG7による中国、インドを念頭に置いた制裁関税措置だったのではないか。G7各国が足並みを揃えれば、中国はG7各国に対してレアアース輸出規制などの報復措置を取りにくいとトランプ大統領は計算した可能性があるだろう。
 
しかし、G7という国際協調の枠組みを軽視して自国第一主義を進めるトランプ政権が、都合の良い時だけG7という枠組みを利用しようとするのは、あまりにも自分勝手なのではないか。

メキシコが中国などの輸入自動車に最大50%の関税をかける

中国を念頭に、輸入自動車に追加関税を課すことをメキシコは決めた。メキシコのエブラルド経済相は10日に、メキシコと貿易協定を結んでいない国から輸入する自動車などに最大50%の関税をかける考えを明らかにした。中国からの輸入車に課す関税率は、現在の約20%から50%に引き上げられる見込みだ。
 
韓国、タイ、インド、インドネシア、ロシア、トルコからの輸入品にも高関税が課される。日本はメキシコと経済連携協定(EPA)を締結しているため、対象外となる。
 
トランプ政権は、メキシコに対して追加関税発動を延期しているが、トランプ政権が気に入る政策を講じることで、今後の対米交渉を有利に展開させる狙いがメキシコにあるのだろう。トランプ政権がG7に提案している関税措置を先取りした動きとも言える。

主要国は世界の自由貿易を守れ

このようなメキシコの動きは憂慮すべきものだ。トランプ政権は自由貿易に背を向けて関税策に走っている。そうした中、日本など主要国は、米国抜きで世界の自由貿易を守り抜くことが求められる。それは世界経済の発展に資するものだ。
 
米国と他国との関税交渉が一巡したタイミングで、主要国は連携してトランプ政権に対して関税策を見直すように働きかけることが必要ではないか。そうした中、G7各国が米国の求めに応じて他国に対して関税を課せば、世界の自由貿易体制は崩壊に向かうことになってしまうのではないか。
 
中国やインドがロシアからのエネルギー輸入を拡大することで、ロシアの戦争継続を間接的に助けていることは看過できない。しかしそれは、関税などの貿易規制措置ではなく、外交、その他の手段を通じて停止を求めるべきだろう。
 
中国からの報復や輸入物価の上昇も警戒して、G7各国がトランプ政権の提案を受け入れて中国やインドに対して50~100%の関税を課す可能性は実際には低いとみられるが、提案を拒否した国に対してトランプ政権が追加関税を課すという脅しをかけてくる可能性も残されているのではないか。
 
(参考資料)
「G7がロシア支援国に制裁や関税議論、財務相会合で議長国カナダ ロシア凍結資産の活用も」、2025年9月13日、産経新聞速報ニュース
「トランプ氏、G7に対中印関税を要求 対ロ圧力強化」、2025年9月13日、日本経済新聞
 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。