&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

3つの日本の未来像

9月16日に小林前経済安保相は、自民党総裁選への立候補に向け、記者会見を開いた。小林氏が掲げた政策は、昨年の総裁選と大きな違いはなかったような印象だ。保守と若手の2つが小林氏のセールスポイントであるが、保守については高市前経済安保相ほどには保守的でない一方、年齢的には小泉農水相のほうが若さをアピールできるという立ち位置である。さらに国民の間では他の候補者と比べて知名度が必ずしも高くない。選挙戦でこれらの弱点を克服し、他の候補者の間に埋没してしまうことを避けられるかが注目される。
 
小林氏は日本の未来像について3つの点を掲げた。それは「成長」「守る」「結束」である。第1の「成長」については、減税、投資を通じて、力強く成長する日本経済を取り戻すと訴えた。第2の「守る」については、安全保障と小林氏の得意分野である経済安全保障で、軍事費の上積み、クラウド分野での日本企業の支援、外国人政策の厳格化、食料・エネルギー自給力強化などを訴えた。第3の「結束」については、SNSなどを通じた外国勢力による情報干渉を許さず、日本の民主主義を守る姿勢を訴えた。
 
小林氏は政策ごとに野党と連携する必要性を訴え、その先に連立拡大の可能性も視野に入れる考えを示した。しかし、保守的な考えでは共通する、参政党との連携については慎重な姿勢を見せた。

定率所得減税を提唱

減税について小林氏は、1年程度など期限を区切った定率減税の実施を掲げた。これは一種の物価高対策との位置づけだろう。所得税の見直しを掲げる国民民主党との親和性を感じさせる提言だ。
 
野党がこぞって主張する消費減税ではなく所得減税とすることで、働く現役世代に恩恵が及ぶ設計とした。中高年齢層ではなく現役世代にアピールすることを目指す戦略である。また、定率減税にすることで、様々な所得層の間で増税の負担感を等しく軽減することを狙っている。他方、所得制限を設けることで、富裕者層を支援の対象から外し、中間層支援の性格を強めた。
 
また、時限的な定率減税実施の後には、現役世代に光を当てた所得税制の恒久的な抜本見直しを行うとした。その内容は明らかではないが、所得税の課税最低限度や税率区分を物価と連動させることで、物価上昇時に実質増税になることを避ける措置を講じることは、その重要な選択肢になるのではないか。

消費税減税は議論はするが実施には慎重か

小林氏が定率所得減税を掲げたのは、消費税減税への慎重姿勢の表れとも考えられる。参院選で消費税減税を掲げた野党に票が流れたことから、消費税減税の議論をしないのは民意に反しておりおかしい、との考えを小林氏は示した。景気情勢が明確に悪化する場合の、景気喚起策として消費税減税を議論の俎上に上げないことは適切ではない、との見方も示している。
 
他方で、消費税は社会保障の基礎的財源であることは重要であるとの発言もしており、基本的には消費税減税には慎重な姿勢であるとみられる。ただし、野党との連携を模索する必要があることから、野党の意見を真っ向から否定することは避けているのだろう。
 
高市氏は消費税の軽減税率を一時的に0%にする考えを示しており、この点で両者の意見は異なっている。

アベノミクスの見直し:金融政策は日本銀行の専管事項

小林氏は、アベノミクスのもとでの行き過ぎた金融緩和が円安と物価高の原因を作ったとの批判には同調せず、アベノミクスを支持する保守層に配慮した。ただし、物価高期待を醸成すれば消費は喚起される、との当時の主張は誤っていたことは現在明らかだ。昨年に石破首相が総裁選挙戦で掲げたアベノミクスの見直し、総括は、今回の総裁選でも議論すべき重要なテーマなのではないか。
 
ちなみに、金融政策は日本銀行の専管事項であるとして、口を出さない考えを小林氏は示している。この点でも、金融緩和の継続を求める高市氏とは一線を画している。

独創的な成長戦略を

小林氏は、昨年の総裁選と同様に、再び世界をリードする日本経済を目指すとしている。この点は共感できるが、そのための具体策があまり見えてこない。所得減税だけでそれが実現することはないだろう。
 
小林氏は政府による積極的な投資拡大、企業支援を重視する姿勢と見えるが、持続的な成長には民間経済の活性化が不可欠であり、政府は単に投資や企業補助金を拡大するのではなく、民間経済の活性化を引き出す呼び水となる政策を考えるべきだ。この点から中長期の視点に立った、少子化対策、労働市場改革、人口の大都市一極集中の是正、外国人材活用などの成長戦略が重要だ。
 
今後の総裁選の中では、財政、税制、金融政策ではなく、日本経済の潜在力を引き出し、高めていくような独創的な成長戦略を、小林氏、あるいは他の候補者は打ち出していって欲しい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。