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物価高対策で3つの選択肢

自民党総裁選告示の翌日9月23日に、党主催の候補者共同記者会見が行われた。各候補者からは党内一致、野党との協調を重視し、さらに他の候補を尊重する融和姿勢が際立った。
 
物価高対策ではすべての候補者から、臨時国会での補正予算編成を踏まえた早期の実施が提案された。既に野党との合意が成立しているガソリン補助金の暫定税率廃止については、すべての候補者が早期実現を支持している。また高市氏は、補助金の拡充を通じて年内のガソリン価格の一段の抑制を主張した。
 
それ以外の物価高対策については、給付金、地方交付金、所得税減税の3種類に分かれた。茂木氏は、地方ごとにニーズに応じて使える一桁異なる「生活支援特別地方交付金」を提案した。ただし、地方がそれぞれのニーズに応じて実施するという手法が物価高対策に馴染むのか、という疑問は残る。地方に丸投げしたとの印象もある。高市氏は、政府が使途を方向付ける推奨メニューを加えた地方交付金の拡充を訴えた。
 
これに対して、小林氏は2年間の措置として定額減税を主張した。小泉氏は物価高に対応した基礎控除の引き上げを主張する。
 
現役閣僚の林氏は、石破政権が参院選の公約とした給付金を支持する姿勢を見せた。しかし、これに対しては否定的な発言もメディアではしており、石破政権の方針を形式的に支持する姿勢を示しているに過ぎないだろう。

短期的な対策と中期的な対策

参院選で立憲民主党は、消費税の暫定税率を時限的に0%に引き下げる政策を公約に掲げたが、その実現には時間がかかるため、つなぎの措置として一律2万円の給付金を実施するとした。
 
総裁選候補者にも同様に、短期の物価高対策と、より時間をかけた対策とに分けて示す傾向がみられる。小林氏は、短期的な物価高対策としては定率の所得税減税を主張するが、その後には物価高などにも配慮したより抜本的な所得税制の見直しを掲げている。
 
小泉氏はインフレ時代に対応した所得税制見直しを掲げ、物価高に応じた基礎控除の引き上げを短期的な物価高対策として主張する。ただし、課税最低限を物価に連動させる考え方なのであれば、それは制度設計に時間を要するため、本来は中期的な政策に分類されるべきだろう。
 
高市氏は、中期的な対策として給付付き税額控除を主張する。そして林氏は、それと類似する、恒久的な給付を通じた中低所得層の支援策「日本版ユニバーサルクレジット」を提唱している。
 
他方で、各候補ともに消費税減税には慎重な姿勢だ。実施までに時間がかかること、社会保障費の基礎的財源であること、代替財源の確保が難しいことなどが理由だ。参院選挙前には消費税の軽減税率を一時的に0%とする案を主張していた高市氏も、その考えを撤回している。小林氏は、消費税減税について野党との協議は行うとしつつも、消費税減税が選択肢となるのは現在の物価高対策の枠組みではなく、将来、大きな経済危機が生じた際としている。
 
全体として、候補者の物価高対策は、一時的な給付、消費税減税から所得税減税へと重点が移っている感がある。

赤字国債発行と金利上昇リスクへの対応

共同記者会見では、赤字国債発行と財政環境悪化による金利上昇リスクへの対応についての質問も出された。高市氏を除く候補は赤字国債発行に慎重な姿勢を示し、金利のある世界になったことを受けて、金利上昇リスクに配慮した慎重な財政運営を行う考えを示した。高市氏は、金利上昇リスクに配慮する必要があるとしつつも、赤字国債発行を容認する姿勢を示した。
 
今後の財政運営については、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化達成以降の目標についても議論された。林氏、小泉氏は政府債務のGDP比率を下げる努力を続けるべきとした。高市氏は、政府が保有する金融資産を控除した純債務のGDP比率を目標にすべきとした。これは、純債務で見ると政府債務はそれほど大きくないとの認識に基づくものと考えられる。さらに、配慮すべきとした金利上昇リスクについても、それは利払い負担を増やす一方で金融資産の利子所得を増やす要因にもなるとして、やはり金利上昇リスクについて過度に警戒すべきでないとの認識を滲ませた。
 
ただし、政府が持つ金融資産は、GPIFが保有する社会保障給付の積立金、政府系金融機関などによる企業や個人への融資、外貨準備など、債務返済に容易に充当できない資産が中心である。この点から、財政リスクを判断する上では政府総債務の規模をベースに判断すべきであり、政府債務のGDP比率が主要国の中で突出して高い日本は引き続き危機的状況にあると言えるだろう。
 
今回の総裁選では、各候補が掲げる経済政策の差はそれほど大きくなく、概してオリジナリティは乏しい印象があるが、財政・金融政策に関しては高市氏と他の4候補との違いが際立っている。
 
今後の金融市場も、新総裁が高市氏になるのか、それ以外の候補になるのかを軸に展開していくことになるだろう。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。