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前回調査では中堅・中小企業の景況判断に関税の影響が顕著に表れた

日本銀行は10月1日に、9月短観調査を発表する。7月の日米関税協議合意が企業の景況感に与える影響、米国経済の下振れの影響などが主な注目点となる。
 
前回の6月短観では、大企業製造業の現状の業況判断DIは前回比+1と小幅に改善したものの、関税の主な対象となる自動車、鉄鋼、非鉄金属、金属製品の先行き判断DIはいずれも悪化し、関税の影響に対する企業の懸念を示した。
 
先行きの景況感の下振れ傾向がより顕著だったのは、中堅・中小企業の景況判断DIだ。関税の影響で大企業の対米輸出が先行き減少すれば、国内での生産調整が生じ、その影響を大きく受けるのが大企業に部品を供給する中堅・中小企業であるため、景況感が悪化しやすい。
 
また2020年のコロナショック以降はほぼ一貫して改善を続けてきた雇用人員判断DIが全産業で前回比2ポイント悪化したことは注目すべきであり、トランプ関税の影響で企業が新規雇用を控えるなどの行動をとっていることを示唆したとみられる。

大企業製造業の現状の業況判断DIは改善も先行きは下振れか

事前予想の平均値でみると、大企業製造業の現状の景況判断DIは、今回の9月調査では前回比2ポイントの改善が見込まれている。関税の直接的な日本経済への影響はなお大きくないことから、今回の調査では景況感がやや改善した可能性が考えられる。しかしながら、先行きの景況感については下振れが予想されている。
 
日本銀行の実質輸出指数によると、米国向け実質輸出は6月に前月比-6.1%、7月に同-7.3%と大幅に下振れている。これは、関税前の駆け込み輸出の反動、関税による米国での販売鈍化、米国経済の下振れの影響が複合されたものだろう。
 
対米輸出の下振れは、年末にかけて日本の生産活動を押し下げ、雇用、賃金など労働市場にも相応の調整をもたらすだろう。
 
米国の関税によって日本の実質GDPは1年程度で0.55%押し下げられる計算だ。2025年度実質GDP成長率への影響を計算すると-0.53%、関税の海外経済への影響である間接効果も含めると-0.66%と試算される。これを背景に、日本経済が明確な不況感を伴わない緩やかな景気後退局面へと陥る可能性は50%を超えるだろう。

日本銀行執行部は短観よりも米国経済を注視

今回の短観調査の結果は、日本銀行の利上げ時期についての見通しに影響を与え、金融市場を動かす要因となるだろう。ただし、実際には金融政策決定を大きく左右するとは言えないのではないか。
 
前回の金融政策決定会合では政策委員2名が、利上げを主張して政策金利維持の議長案に反対した。政策委員2名は、主に国内物価動向、インフレ期待の動きを受けて利上げを主張した。しかし総裁、副総裁など執行部は、雇用を中心とする米国経済の下振れにより注目している。関税の影響などで米国経済が大きく下振れれば、いずれ日本の景気、賃金、物価の下振れにつながるからだ。
 
米国経済が大きく下振れる可能性は高くないものの、仮にそれが起きれば、日本経済への影響は甚大となり、場合によっては、日本銀行の利上げ停止期間がかなり長期化する可能性、あるいは日本銀行が利下げを検討する可能性も出てくる。日本銀行の執行部は、そうしたリスクが小さいことを確認するために、米国経済の動向をしばらく見極めようとするだろう。
 
そのため、市場の一部で浮上する10月の金融政策決定での利上げの可能性は大きくないとみられる。利上げ時期は最短で12月の決定会合と考えられる。筆者の現時点でのメインシナリオも、12月の利上げである。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。