日本銀行の利上げ判断に大きな影響を与えないが、やや後押しする材料となったか
日本銀行は10月1日に9月短観調査を発表した。7月の日米関税協議合意が企業の景況感に与える影響、米国経済の下振れの影響などが注目された。企業の景況判断を中心に概ね予想通りの結果であり、全体として日本経済が踊り場局面を続けていることを示唆する内容だった。
日本銀行の利上げ判断は、利上げに賛成する政策委員の数の変化と米国経済の動向で決まる側面が強いと考えられるため、今回の短観が10月29~30日の金融政策決定会合での追加利上げの有無に、大きな影響を与えることにはならないだろう。
ただし、関税の影響などを受けた足もとでの対米輸出の下振れの影響が、輸出企業の景況感に明確には表れていないこと、労働市場の逼迫傾向が再び強まっていること、企業の5年後の物価見通しが引き上げられたこと、などは、日本銀行の利上げをやや後押しする材料となるだろう。
日本銀行の利上げ判断は、利上げに賛成する政策委員の数の変化と米国経済の動向で決まる側面が強いと考えられるため、今回の短観が10月29~30日の金融政策決定会合での追加利上げの有無に、大きな影響を与えることにはならないだろう。
ただし、関税の影響などを受けた足もとでの対米輸出の下振れの影響が、輸出企業の景況感に明確には表れていないこと、労働市場の逼迫傾向が再び強まっていること、企業の5年後の物価見通しが引き上げられたこと、などは、日本銀行の利上げをやや後押しする材料となるだろう。
企業景況感は事前予想の範囲内
大企業製造業の現状の業況判断DIは、前回比+1と事前予想の+1~+2に概ね一致した。関税の影響を直接受ける輸出企業の現状の業況判断DIは鉄鋼が前回比-11、自動車が前回比+2とまちまちだった。先行きの業況判断DIは、大企業、中堅企業、中小企業ともに悪化しており、足もとでの輸出の下振れ、今後の関税の影響への警戒が表れている。
大企業非製造業の現状の業況判断DIは、前回比横ばいと事前予想に一致した。ただし、宿泊・飲食サービスのDIが前回比-19と大幅に悪化したのは予想外だった。これはインバウンド需要や国内消費の鈍化を映したものだろう。
さらに、大企業、中堅企業、中小企業ともに先行きのDIは製造業以上に大きく下振れた。これは、関税など外的な影響によるものよりも、物価高による個人消費の下振れなど、内生的な要因によるところが大きいのではないか。
大企業非製造業の現状の業況判断DIは、前回比横ばいと事前予想に一致した。ただし、宿泊・飲食サービスのDIが前回比-19と大幅に悪化したのは予想外だった。これはインバウンド需要や国内消費の鈍化を映したものだろう。
さらに、大企業、中堅企業、中小企業ともに先行きのDIは製造業以上に大きく下振れた。これは、関税など外的な影響によるものよりも、物価高による個人消費の下振れなど、内生的な要因によるところが大きいのではないか。
労働市場の逼迫感が再び強まる
前回6月調査では、全規模で見た雇用人員判断DI(過剰-不足)は2ポイント上昇と不足感が緩和され、雇用の逼迫に一服感が見られた。これは、関税の影響を踏まえて新規雇用を一時的に控える動きが広がったため、と推察される。
しかし今回の調査では、現状DIが-1と再び逼迫傾向が強まった。さらに先行きのDIは-4と逼迫の度合いが一段と強まる見通しとなっている。
企業の5年後の物価見通しは、大企業では製造業、非製造業ともに+1.9%と前回調査と変わらないが、中小企業の影響を受け、全規模合計では+2.4%と前回の+2.3%から上昇した。1年後、3年後の見通しも+2.4%と同水準であり、足もとでの物価上昇率の上振れ傾向が中期的に続くとの見通しとなっている。
しかし今回の調査では、現状DIが-1と再び逼迫傾向が強まった。さらに先行きのDIは-4と逼迫の度合いが一段と強まる見通しとなっている。
企業の5年後の物価見通しは、大企業では製造業、非製造業ともに+1.9%と前回調査と変わらないが、中小企業の影響を受け、全規模合計では+2.4%と前回の+2.3%から上昇した。1年後、3年後の見通しも+2.4%と同水準であり、足もとでの物価上昇率の上振れ傾向が中期的に続くとの見通しとなっている。
関税の影響が本格的に表れるのはこれから
日本銀行の実質輸出指数によると、米国向け実質輸出は6月に前月比-6.1%、7月に同-7.3%と大幅に下振れている。これは、関税前の駆け込み輸出の反動、関税による米国での販売鈍化、米国経済の下振れの影響が複合されたものだろう。
対米輸出の下振れは、年末にかけて日本の生産活動を押し下げ、雇用、賃金など労働市場にも相応の調整をもたらすだろう。
米国の関税によって日本の実質GDPは1年程度で0.55%押し下げられる計算だ。2025年度実質GDP成長率への影響を計算すると-0.53%、関税の海外経済への影響である間接効果も含めると-0.66%と試算される。
物価高による個人消費の停滞とこうした関税の影響を背景に、日本経済が明確な不況感を伴わない緩やかな景気後退局面へと陥る可能性が50%を超えると考えられる。
対米輸出の下振れは、年末にかけて日本の生産活動を押し下げ、雇用、賃金など労働市場にも相応の調整をもたらすだろう。
米国の関税によって日本の実質GDPは1年程度で0.55%押し下げられる計算だ。2025年度実質GDP成長率への影響を計算すると-0.53%、関税の海外経済への影響である間接効果も含めると-0.66%と試算される。
物価高による個人消費の停滞とこうした関税の影響を背景に、日本経済が明確な不況感を伴わない緩やかな景気後退局面へと陥る可能性が50%を超えると考えられる。
日本銀行執行部は短観よりも米国経済と利上げ賛成の政策委員の数を注視
今回の短観調査の結果は、金融政策決定を大きく左右するとは言えないのではないか。
前回9月の金融政策決定会合では、政策委員2名が利上げを主張して政策金利維持の議長案に反対した。政策委員2名は、主に国内物価動向、インフレ期待の動きを受けて利上げを主張した。しかし総裁、副総裁など執行部は、雇用を中心とする米国経済の下振れにより注目している。関税の影響などで米国経済が大きく下振れれば、いずれ日本の景気、賃金、物価の下振れにつながるからだ。
米国経済が大きく下振れる可能性は高くはないものの、仮にそれが起きれば、日本経済への影響は甚大となり、場合によっては、日本銀行の利上げ停止期間がかなり長期化する可能性、あるいは日本銀行が利下げを検討する可能性も出てくる。
日本銀行の執行部は、そうしたリスクが小さいことを確認するために、米国経済の動向をしばらく見極めようとするだろう。
ただし留意したいのは、総裁、副総裁など執行部は、即時利上げを主張する政策委員がさらに増え、政策委員会内で大きく票が割れてしまうことを回避するために、利上げを前倒しで実施する可能性があることだ。
9月18~19日の決定会合の対外公表文では、「不確実性は高い状況が続いており」と、8月の展望レポートで用いられた文言が踏襲された。この文言は、次の会合では利上げはしないというメッセージとして使われていると考えられる。9月の会合時点では、総裁、副総裁など執行部は、次回10月の会合での利上げを想定していなかったと考えられる。
しかし、今後発表される米国経済統計が上振れ、また、政策委員の間で10月利上げに前向きな意見が強まる場合には、執行部も10月利上げに傾く可能性が出てくる。
その場合には、「不確実性は高い状況が続いており」という文言の見直しなど、明確なメッセージを総裁、副総裁が講演などを通じて示すことになるだろう。
筆者は、米国経済指標をなお見極める必要があることから、利上げは12月と引き続き想定している。ただし、10月利上げの可能性も強く否定はできない情勢となってきた。
前回9月の金融政策決定会合では、政策委員2名が利上げを主張して政策金利維持の議長案に反対した。政策委員2名は、主に国内物価動向、インフレ期待の動きを受けて利上げを主張した。しかし総裁、副総裁など執行部は、雇用を中心とする米国経済の下振れにより注目している。関税の影響などで米国経済が大きく下振れれば、いずれ日本の景気、賃金、物価の下振れにつながるからだ。
米国経済が大きく下振れる可能性は高くはないものの、仮にそれが起きれば、日本経済への影響は甚大となり、場合によっては、日本銀行の利上げ停止期間がかなり長期化する可能性、あるいは日本銀行が利下げを検討する可能性も出てくる。
日本銀行の執行部は、そうしたリスクが小さいことを確認するために、米国経済の動向をしばらく見極めようとするだろう。
ただし留意したいのは、総裁、副総裁など執行部は、即時利上げを主張する政策委員がさらに増え、政策委員会内で大きく票が割れてしまうことを回避するために、利上げを前倒しで実施する可能性があることだ。
9月18~19日の決定会合の対外公表文では、「不確実性は高い状況が続いており」と、8月の展望レポートで用いられた文言が踏襲された。この文言は、次の会合では利上げはしないというメッセージとして使われていると考えられる。9月の会合時点では、総裁、副総裁など執行部は、次回10月の会合での利上げを想定していなかったと考えられる。
しかし、今後発表される米国経済統計が上振れ、また、政策委員の間で10月利上げに前向きな意見が強まる場合には、執行部も10月利上げに傾く可能性が出てくる。
その場合には、「不確実性は高い状況が続いており」という文言の見直しなど、明確なメッセージを総裁、副総裁が講演などを通じて示すことになるだろう。
筆者は、米国経済指標をなお見極める必要があることから、利上げは12月と引き続き想定している。ただし、10月利上げの可能性も強く否定はできない情勢となってきた。
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。