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候補者間での意見の違いが分かりにくい、との指摘がある今回の自民党総裁選でも、通商政策を巡っては、候補者はそれぞれ特色を打ち出している。
 
経済安全保障担当大臣を経験した高市氏、小林氏は、対中依存の低減と先端技術の輸出管理強化など、規制色の強い通商政策を掲げる。他方、林氏、小泉氏、茂木氏は、米国が保護主義に傾くなか、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)の拡大など、自由貿易の推進に前向きだ。第1次トランプ政権で日米通商交渉を担った茂木氏は、トランプ政権とのさらなる関税協議に意欲を見せている。
 
経済安全保障政策で高市氏は、機微技術や重要インフラへの外国資本の関与を事前審査する「対日外国投資委員会」の創設を提案している。さらに、国内のサプライチェーン強靭化と技術の自立を目指す。経済安全保障重視の高市氏は、自由貿易よりも国内産業保護に傾く傾向があると考えられる。
 
小林氏は、「経済安全保障インテリジェンス機関」の創設を提唱する。また、半導体、レアアース、医薬品原料などの「特定重要物資」の備蓄・委託生産体制を強化することを主張している。さらに、情報通信(クラウド、衛星通信)やAI、量子、宇宙分野などで米国依存からの脱却を目指し、スターリンクのような衛星通信網の国産化を支援する考えを示している。
 
林氏は、経済安全保障分野ではエネルギー・素材・技術の国内供給網の構築や中国などを念頭に外国による輸入規制など経済的威圧に対して、外交力を活用して日本企業を守る姿勢を示している。
 
ただし、林氏の最大の特徴は、自由貿易体制を維持・強化する姿勢にあるだろう。日米同盟を基軸としながら、日米韓の経済連携を重視する姿勢を示している。また林氏は、アニメ・ゲーム・音楽などのコンテンツ産業を輸出産業として強化する考えも示している。
 
小泉氏も林氏と並んで自由貿易の推進を重視している。「自由で開かれたインド太平洋」の実現を掲げ、自由貿易と法の支配の重要性を強調する。また、「通商立国として発展してきた日本が、普遍的価値を主張していく」と述べ、日米同盟の深化と多国間枠組み(クアッド、G7など)を活用した経済連携を推進する姿勢を見せている。他方で、国内投資の拡大と地方への産業誘致を通じて、通商政策を内需強化と結びつける考えも示している。熊本のTSMCや北海道のラピダスなどの事例を挙げ、地方を通商政策の拠点にする構想を展開する。さらに、農林水産業を「地域の雇用と産業の柱」と位置づけ、農業の競争力強化と輸出促進を通商政策の一環として推進する姿勢であることも、小泉氏の通商政策の特徴だ。
 
茂木氏も、自由貿易体制の維持に積極的である。「投資で地方を豊かに」を掲げ、地方への成長産業誘致(AI、半導体、グリーン事業など)を通商政策と結びつける考えである。食料安全保障の確立に向けた構造転換集中対策も推進し、農業の輸出力強化を図る考えなどは、小泉氏と共通する。
 
一方、茂木氏は、石破政権の下での日米関税合意を評価し、その着実な実行を掲げるが、相互関税率、自動車関税率を合意後の15%からさらに引き下げるよう、トランプ政権に働きかける考えも示唆していることが注目される。
 
通商政策で自由貿易体制の維持と国内産業保護のバランスを重視する姿勢は各氏に共通しているが、経済安全保障を重視する高市氏と小林氏は国内産業保護に、他の3氏は自由貿易にやや傾斜している感がある。
 
ただしより詳しく見ると、通商政策を成長戦略に組み入れる林氏、実務力と交渉力を前面に出し通商政策を実務的に進める考えの茂木氏、保守路線を貫く高市氏、現実主義的な改革を訴える小林氏、調整型の小泉氏など、通商政策にそれぞれの持ち味を反映させていることから、通商政策の分野では多様な観点からの議論が展開されている。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。