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100%の半導体関税が発動されれば日本のGDPは0.14%押し下げられる

トランプ政権は10月1日に発効した医薬品への100%関税に続いて、半導体にも100%の関税を課すことを検討しているとされる。トランプ大統領は、半導体のみならず、半導体製造装置、PC、スマホ、周辺機器など広範囲に関税を課す可能性を示唆してきた。
 
この100%の半導体関税に半導体製造装置が含まれる場合には、日本企業、日本経済にも打撃となる。それは日本の名目・実質GDPを1年間程度で0.14%押し下げる計算だ。トランプ大統領は、最終的には半導体に300%の関税を課すとも発言していた。その場合、日本の名目・実質GDPを1年間程度で0.42%押し下げると試算される。
 
日本政府は、医薬品及び半導体関税が課される場合、日本製品には最恵国待遇が適用され、欧州連合(EU)と同様に15%になると説明している。そうなれば、名目・実質GDPの押し下げ効果は0.02%と限定的となる。ただし、日本の半導体関連製品に最恵国待遇が適用されるかどうかについては、不確実性が残される。

輸入品と国内製造分で長期的に1対1の比率を維持させる

最近の報道によると、トランプ政権は半導体関税の仕組みを新たに検討しているという。それは、米企業が台湾の台湾積体電路製造(TSMC)や韓国のサムスン電子などに半導体の製造過程を委託するファウンドリの仕組みを問題視しているからだ。
 
台湾は中国の侵攻や自然災害に対して脆弱であり、それが米国のサプライチェーンの大きな弱点になっているとの考えがあるためだ。そこで海外企業への委託生産の比率を下げ、国内での半導体生産を増加させようとしているのである。
 
ホワイトハウスの副報道官は「米国は、国家安全保障と経済安全保障に不可欠な半導体製品を外国からの輸入に依存してはならない」と述べている。
 
そこで、米企業が国内顧客に販売する半導体のうち、海外企業に委託したものなど輸入品と国内製造分が長期的に1対1の比率を維持するように求め、それが実現しない企業には関税を支払わせることをトランプ政権は検討しているという。米国内での半導体投資の拡大を通じて、米国で利用される半導体のうち、国内調達比率を高めることが狙いである。
 
ただし、国内の半導体生産を輸入量に一致させるのは、単に国内投資を増やすよりもかなり難しい。一般に、外国製品の方が安価な場合が多く、供給量の調整は困難だ。また、米国国内での供給量を増やすには時間がかかる。トランプ政権の関税政策も、かなり混乱してきているのではないか。

人件費の高い米国での生産拡大は持続しない可能性

TSMCは、1650億ドル(約24兆円)の米国投資の一環として、アリゾナ州フェニックスの北部に複数の半導体工場を建設中だ。韓国のサムスン電子はテキサス州で400億ドル規模のプロジェクトを進めている。トランプ政権の求めに応じて、あるいは関税の対象となることを回避するために、半導体分野に限らず、米国での投資を拡大する海外企業は増えている。
 
しかし、そうした企業は、トランプ政権の批判と関税を回避するために、一時的にそのような投資計画を打ち出しているのであり、米国での生産を必ずしも拡大し続けるつもりはないのではないか。人件費を中心に、米国での製造コストがかなり高いことが、米国での生産拡大には障害となる。
 
TSMCは8月に、米国生産によるコスト上昇が今後数年間で全社の粗利益率を2~3ポイント押し下げる見通しだと説明した。さらに米国工場は、同社の最も高価かつ最先端の技術を導入する施設ではない。TSMCのアリゾナ工場は現在、同社の4ナノ技術を使用した先端半導体を生産しているが、これは同社の台湾工場に近く導入される2ナノの前世代の技術になる。
 
こうした点を踏まえても、国家の安全保障の観点から、関税を武器に米国内での半導体生産を無理やり拡大させるトランプ政権の手法は、米国経済、そして安全保障の面においても持続的なプラスの効果をもたらすことにはならないだろう。
 
(参考資料)
“Trump Takes Aim at Chip Makers With New Plan to Throttle Imports(トランプ氏、半導体業界に照準 輸入依存軽減の新計画検討)”, Wall Street Journal, September 26, 2025
“Trump’s Tariffs Won’t Solve U.S. Chip-Making Dilemma(米半導体製造の難問、トランプ関税では解決せず)” ,Wall Street Journal, August 12, 2025

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。