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2024年の大統領選挙でトランプ氏が暗号資産業界の支援を打ち出した結果、ビットコインなど暗号資産の価格は2025年年初にかけて大きく上昇した。その後、暗号資産業界の支援策への失望などからビットコインの価格上昇には一服感が広がったが、足もとでは再び上昇基調を示し、10月に入ってからはドル建てで最高値を更新している。
 
トランプ政権が米連邦準備制度理事会(FRB)への介入を強めたことで、ドルの信認が低下し、ドル資産が低下するとの懸念が金とともに暗号資産への資金の逃避をもたらしている。10月に入ってからの政府機関閉鎖による経済的混乱も同様だ。法定通貨の価値下落を回避するためのこうした投資行動は、「ディベースメント・トレード」(通貨価値下落に備えた売買)と呼ばれる。
 
また、今年に入ってからは、米企業が暗号資産を積極的に保有する傾向が見られ始めた。彼らは「暗号資産トレジャリー企業」と呼ばれる。暗号資産トレジャリー企業にも大きく2つのタイプがある。第1のタイプは、一般企業が財務戦略として積極的に暗号資産を保有するものだ。その一つが電気自動車メーカーのテスラだ。かつてビットコインを積極的に保有し、ビットコインでの電気自動車販売を行った時期もあった。現在でもビットコインを保有している。それ以外には、ゲーム小売業のゲームストップもビットコインを保有する企業として知られる。
 
第2のタイプは、暗号資産の取得・保有・運用を主な目的とする、暗号資産投資に特化した企業である。過去数ヶ月で、こうした暗号資産トレジャリー企業が急増している。その戦略とは、株式や債券の売却を通じて資金を調達し、ビットコインなどの暗号資産、その他デジタルトークンを購入することだ。暗号資産アドバイザリー会社ArchitectPartnersによると、今年これまでに212社の新興企業が暗号資産購入のために約1,020億ドルの資金調達計画を発表している。
 
しかし、暗号資産トレジャリー企業の暗号資産取得は、足元で鈍ってきている。ビットコイントレジャリーズ・ドット・ネットによれば、9月の企業によるビットコイン購入量は3万7881ビットコインと4月以降で最も少なく、7月の10万3250BTC、8月の4万9303BTCから大きく減少した。
 
暗号資産トレジャリー企業の暗号資産取得が足元で鈍ってきている背景には、暗号資産投資に特化した企業は、暗号資産を取得するために第三者割当増資など株式発行を行ってきたが、それが集中したため株式が供給過多になり株式発行が難しくなってきたことが考えられる。
 
もう一つは、金融規制当局が、暗号資産トレジャリー企業の株式の異常な取引パターンを調査し始めたことだ。関係者によると、証券取引委員会(SEC)と金融取引業規制機構(FIRA)は、今年暗号資産トレジャリー戦略の導入を発表した200社以上の企業の一部に連絡を取った。これらの会話や書簡の中で、規制当局は、発表前の数日間に見られた異常に高い取引量と急激な株価上昇について懸念を表明した。SEC当局者は企業に対し、「レギュレーションFD(公平開示規則)」違反の可能性を警告した。同規則は上場企業が投資家やアナリストなど特定の関係者のみに未公開情報を開示する「選択的情報開示」を禁止している。
 
こうした要因を背景に、トランプ政権とともに急成長した、暗号資産投資に特化したタイプの暗号資産トレジャリー企業は、一気に逆風に晒されている。
 
(参考資料)
“A New Wall Street Trade Is Powering Gold and Hitting Currencies(金急騰、背後で「ディベースメント・トレード」に勢い)”, Wall Street Journal, October 8, 2025
“Crypto Stockpiling Craze Cools After Red-Hot Summer(企業の暗号資産ブーム後退、投資家も冷ややか)”, Wall Street Journal, October 3, 2025
“Unusual Trading Ahead of Crypto-Treasury Deals Draws Scrutiny From U.S. Regulators(米金融規制当局、暗号資産めぐる異常な株取引を調査)”, Wall Street Journal, September 26, 2025

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。