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米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は14日、全米企業エコノミスト協会(NABE)で講演を行った。演題は「FRBのバランスシートを理解する」であり、過去のバランスシート政策を振り返り、その評価が行われた。
 
政策金利の変更については今回の講演の主なテーマではなかったが、最後に若干の言及がなされた。パウエル議長は、「雇用とインフレの見通しは、(利下げを決めた)4週間前の9月の会合からあまり変わっていないようだ」と指摘し、引き続き緩やかに政策金利を下げる姿勢であることを示唆した。
 
また、9月の会合では、雇用の下振れリスクを指摘したが、今回の講演でも「雇用に対する下振れリスクが高まっているようだ」とした。政府閉鎖によって9月の雇用統計など主要な政府統計の発表は遅れているが、「入手可能な証拠は、レイオフと雇用の両方が依然として低いまま」として、9月時点と雇用環境には変化がないとの判断を示している。
 
こうした発言は、最新の政府統計が入手できないもとでも、10月28日、29日の次回FOMCで0.25%の追加利下げが実施される可能性が高いことを示唆していると考えることができる。
 
他方、パウエル議長は、保有する債券の規模を縮小する過去3年以上にわたる取り組みが終わりに近づいている可能性を示唆した。FRBは金融市場と経済を支援する異例の政策として大量の債券を買い入れ、2022年半ばにはその総資産が9兆ドル(約1370兆円)近くまで膨らんだ。それ以降は償還見合いで保有残高の削減を進め、足元では6兆6000億ドルまで圧縮してきた。この間、バランスシートの規模はGDP比で35%から22%弱へと低下している。
 
パウエル議長が示唆する、保有する債券の規模縮小を終了させるバランスシート政策の見直しは、金利政策とは直接連動するものではない。FRBはバランスシートを縮小させる中で6年前に生じた混乱を回避することを狙っている。当時は、バランスシートの縮小により短期金融市場で異常な資金需給の逼迫が生じ、短期金融市場が混乱した。パウエル議長は、「2019年9月に経験したような短期金融市場の逼迫を避けるため、意図的に慎重なアプローチをとる」ことでFRB当局者は一致したと述べた。
 
そのうえでパウエル議長は「今後数か月でその時点に近づく可能性がある」と指摘した。このことは、FRBが次回会合など近いうちに、バランスシートの縮小を停止することを意味しよう。これは、政策金利の引き下げと相まって、米国の長期金利を押し下げる方向に働く。
 
また、FRBは2008年以降、政策決定の主要な伝達手段として準備預金への付利を決定してきたが、これを廃止しようとする与野党議員の取り組みについてもパウエル議長は警鐘を鳴らした。パウエル議長は、準備預金への付利という政策手段が廃止されれば、FRBはFF 金利を十分にコントロールできなくなる可能性があると指摘。また、付利を使わずに、FF金利を十分にコントロールするには、FRBは、過剰準備を解消するために保有する債券を大量に売却せざるを得なくなり、それは市場機能を圧迫して金融市場の混乱を招くリスクがあると述べた。
 
FRBの金融政策は、雇用情勢の悪化とトランプ関税による物価上昇への対応のみならず、金融市場の安定維持にも大きな重点が置かれている。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。