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高市カラーはやや弱められる可能性

21日に自民党の高市総裁が臨時国会の首班指名選挙で首相に選出され、日本維新の会との連立政権が成立する。主要な閣僚人事についても報道により名前が挙がっており、新政権の布陣も固まりつつある。そうした中、日経平均株価は5万円台が目前に迫っている。
 
日経平均株価は高市総裁選出前の4万4000円台から大幅に上昇した。これは、高市氏が掲げる積極財政、金融緩和継続の政策実現への期待を反映した「高市トレード」という側面が強い。
 
ただし、高市総裁選出後に1ドル153円台まで進んだ円安はその後やや巻き戻され、現在は1ドル151円程度の水準にある。また、1.7%まで上昇した10年国債利回りは現在1.6%台にある。為替市場と債券市場の現状からは、高市トレードは一時期よりもやや巻き戻されていることがうかがえる。財政健全化、日本銀行の独立性尊重を基調とする日本維新の会の経済政策と、高市総裁の経済政策はむしろ対極にある。その結果、連立政権下で高市カラーがやや弱められるとの見方が、高市トレードの巻き戻しの一因ともなっていよう。

連立政権への期待でご祝儀相場

高市氏は、財務大臣に片山さつき氏を指名する方針だと報じられている。片山氏は旧二階派や旧安倍派に属したことがあり、やや積極財政寄りと考えられる。しかし極端な積極財政派ではない。片山さつき氏の財務大臣指名は、同氏の政策理念よりも女性登用に重きが置かれた人事と考えられる。また経済産業大臣には石破氏に近く現在の経済財政担当大臣の赤澤氏が指名されると報じられている。
 
このように、主要経済閣僚に、明確な積極財政派を充てるような人事でないことも、高市政権では経済政策面で高市カラーはやや弱められる可能性を示唆している。
 
そうした中、株価は連日の大幅高となっているのは、高市トレードというよりも、自民党と日本維新の会との連立政権、そして初の女性首相への期待とご祝儀相場的な側面が強いのではないか。今後、理念が大きく異なる自民党と日本維新の会との行き違いが表面化してくれば、そうした株式市場の楽観的な期待も剥落していく可能性があるだろう。

実体経済の改善を伴わない水膨れの株高現象

日経平均で5万円台に向かう足もとの株高は、このような国内政治情勢にけん引されてきた面が強い。他方で、この数年間の株高をけん引してきたのは、物価高、円安、金融緩和の3つであったと考えられる。
 
実質GDP成長率、労働生産性上昇率、実質賃金上昇率などの「実質値」に注目すると、バブル崩壊後の低迷から脱しつつある明確な証拠はみられない。他方、株価水準と並んで、物価上昇率、名目賃金上昇率、地価上昇率などの「名目値」は、いずれも三十数年ぶりというバブル直後の水準に到達している。これは、経済が価格上昇、いわば「名目値」で膨れ上がっていることを意味しよう。株価もその裏付けとなる企業収益も名目値である。
 
経済の実態、生活水準、企業の国際競争力など実質的には明確な改善が見られない中、「名目値」の水膨れを反映しているのが足もとでの株高現象と考えられる。
 
さらに、それを後押ししているのが日本銀行の金融緩和だ。日本銀行は2024年3月以降、金融政策の正常化を進めているが、依然として緩和状態は続いている。それ以前の長期にわたる異例の金融緩和の影響もあって、過度な円安水準が維持されており、それが物価高を生じさせている。また、物価高による実質金利の低下が、円安傾向と円安の下での株高傾向を促しているというのが現状だ。
 
高市政権の下でも、日本銀行は金融政策の正常化を緩やかに進めていくと考えられる。しかし、大きく上振れた物価上昇率とインフレ期待はゆっくりとしか下がらないだろう。その結果、株価の追い風である円安の修正も緩やかにしか進まないのではないか。
 
このように、株式市場を取り巻く国内経済環境を前提とすれば、この先、株価の上昇ペースは落ちるとしても、なお高水準が当面維持されやすいと考えられる。

リスクは米国側の要因

ただし留意しておきたいのは、過去数年間、そして足元の日本の株高現象は、国内政治情勢や物価高、円安、金融緩和といった国内経済環境だけで引き起こされたものではないということだ。過去数年の予想外の米国経済の強さと、足もとでの米国での金融緩和期待が、日本株上昇の大きな原動力となってきた。
 
ただし、これら米国の情勢についても、今後についてはリスクがある。一般に経済が強い状況からやや減速に転じる局面では、金融緩和期待が高まり、いわゆる「金融相場」の様相から株高が促されやすい。現在の日本株も米国株式市場の「金融相場」の恩恵を受けている。米国で金融緩和が進めば、資金が米国から日本株に流れ込むとの期待もある。
 
しかし、景気減速がさらに進めば金融緩和期待という好材料を景気・業績悪化懸念という悪材料が上回ることになる。そうなれば、「金融相場」に支えられた米国の株高現象は終わり、日本株の環境も悪化する。そうした事態は直ぐに起きてもおかしくないだろう。
 
米国の情勢に関わることで、もう一つの懸念は、トランプ政権の米連邦準備制度理事会(FRB)への政治介入だ。トランプ政権は人事を通じてFRBへの介入を進め、金融緩和圧力を強めている。これが、金利低下とFRBの独立性低下懸念による通貨の信認低下という両面からドルを大きく押し下げる可能性がある。またトランプ政権は、貿易赤字削減の手段を、関税政策からFRBへの介入を通じたドル安へとシフトさせていく可能性も考えられる。
 
トランプ政権の政策の影響からドル安が一気に進む場合には、急速な円高ドル安が日本株の大きな調整をもたらす可能性がある。
 
このように、連立政権、初の女性首相への期待とご祝儀相場の一巡から、目先の日本株はやや調整する可能性はあるが、水膨れ的な株高傾向の基調はなお維持されることが見込まれる。そうした中、大きなリスクは米国経済の下振れとドル安・円高の進行の2点だろう。日本の株高現象の死角は米国にあると見ておきたい。

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。